カテゴリー「小説「立て!鏡のような波頭の上に」30~60話」の記事

2009年8月25日 (火)

立て!鏡のような波頭の上に 54話 第二章「晩夏 ルカ」編了 第三章「初秋 真由美」編開始

 今日は灰色の空だ。日によってはひんやりとした肌寒さを感じる九月、裕士は、ばつが悪そうに俯き足元に捨てられていた空き缶を蹴っていた。ここは、湯河原駅のホーム。隣には母、真由美が居る。思い起こせば、母と二人して電車に乗る、なんて出来事は小学校六年の卒業式以来だと思う。母は不貞腐れていた。

「どんなやんちゃをしても、警察の厄介にだけはならないように育ててきたのに・・・。全く、裁判所に親子で呼ばれるなんて・・・、母さんまっぴらだわ。」

「・・・」

「お店も休まなきゃならないし・・・。全く・・・。反省してるの?」

「・・・」

「ハア・・・」

 黙りこくる裕士に、真由美は大きくため息をつくと、掌の中の葉書を握り締めた。葉書は、簡易裁判所への出頭命令を知らせるものだ。原因は、二十日ほど前、真鶴ブルーラインでのバイク走行中に四十キロの速度超過で白バイに捕まった事による。

**************【次回へ続く】*********************

注:この小説はフィクション(嘘)です。実在の人物、団体、事件などには一切関係ありません。

タイトルからお判りになるか、この小説はサーフィン小説を書くつもりです。傷ついた少年がサーフィンを通して再生していく物語を書こうと思いました。しかし、少年を傷つけることに夢中になり、原稿用紙250枚を越えても、まだ彼はサーフィンを始めません・・・。まだもう二山ほど描こうと思っています・・・。去年の11月に書き始めたこの小説を現実の夏が追い越そうとしています。その前に、終わらせたい・・・。終わるのかな? ↓クリックよろしく!Banner2_7

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2009年8月17日 (月)

立て!鏡のような波頭の上に 53話 空き部屋、と書いた誰かのネオンサイン

 次の日も、そのまた次の日もルカは図書館に現れなかった。寂しさと心配に反比例するように、裕士は黙々と勉強に励んだ。勉強の合間、ふと顔を見上げて周囲を見渡すが、やはりルカの姿は無かった。三日目の夜、思い切って携帯電話にかけてみると、「お客様の都合により、契約が解除されました」旨の自動音声の案内が流れた。嫌な思いがした裕士はそのまま、ルカの家にバイクを飛ばした。マンション二階のルカの部屋を見て、愕然とした。

「売却物件」

 と、窓に張り紙がしてあった。見上げた裕士は、よろけてバイクを倒した。がしゃん、と激しい音がした。裕士はそのままアスファルトの路上にへたへたと座り込んで、しばし動けなかった。ルカはお父さんにぶたれていないだろうか。ルカは引越し先で、看護師になるための勉強ができているのだろうか。元気にしているだろうか。夢を諦めていないだろうか・・・。いや、と呟いて裕士は笑った。そんな心配はもうする必要がない。

 ―私ノ事ハ 何モ 聞カナイデ・・・

 突然の失踪は、そう裕士に宣告されているのだ、と思った。意思の強い彼女なら、きっと彼女のやり方で切り抜けているだろう。そう信じたい。俺は俺の道を、彼女は彼女の道を信じて進めばいいのだろう。へたり込んで手を付いたアスファルトからは、昼間の太陽の熱気を感じた。裕士はごろりと路上に仰向けになった。背中のシャツから感じるアスファルトの火照った熱は、まるでルカの温もりのようだった。少しでいい。今少し、この温もりを感じていたい。目を閉じると、涙が出てきた。僕は泣いている。君のために・・・

「なーに、あの人道に寝てるよ。」

 と、幼児の声。

「しっ、見ないの。早く行きましょ。」

 と、母親の声。

 あ~、俺は完全な不審者だ。みっともない。惨めだ。でも、今だけはボロボロになりたいんだ。仰ぎ見た電信柱の遙か上には、満月がかかっていた。江ノ島海岸でルカと見た月を思い出した。

―綺麗ね。

―あの海の道を二人で渡って行けたらいいね。

―うん、ユーシくんが連れてってね。

 幸せな二人はつい四日前の事だ。その彼女はこう言ってくれた。―勉強頑張ってね―

 裕士はゆっくりと立ち上がると、バイクを起こした。ルカを乗せるために買って吊るしていた半帽のヘルメットがぐしゃんと天辺から凹んでいた。もう、使えない。でも・・・と、裕士は月を見上げた。勉強を頑張れば、またルカに逢えそうな気がした。そして家路についた。

 ―彼女の名前はルカ。彼女は二階に住んでいた。その彼女は、もういない。

   ◆◆◆第二章 「晩夏 ルカ」編 了◆◆◆

**************【次回へ続く】*********************

注:この小説はフィクション(嘘)です。実在の人物、団体、事件などには一切関係ありません。

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2009年8月13日 (木)

立て!鏡のような波頭の上に 52話 もし俺がヒーローだったら・・・

「もし、俺が大人だったら、ルカをこの状況から助けられたのにな。」

「・・・うん。」

「あ~、早く大人になりてぇ!」

「・・・うん。」

「もし、俺がヒーローだったら・・・♪確か、こんな歌あったよな。」

 ルカは、何も頷かなかった。裕士はCMで流れていた二十数年前の歌を口ずさんだ。

――もし俺がヒーローだったら 悲しみを近づけやしないのに・・・

 歌っていて空しくなった。現実の自分は、経済力も社会的地位も何も無い浪人生。有るのは、無限に思える可能性と自分で切り開いていくしかない果てしない未来のみ。どこまでも「自由」である。「夢」、と言えば聞こえは良い。が、その夢はあまりにも茫漠としていて、心の中の頼りない希望の旗を、必死で支え掲げなければ、ぽっきりと折れてしまいそうだった。

「帰ろうか・・・」

 二人は、バイクに乗ると再び高速道路を走り出した。やがて日は暮れ、街は夕闇に包まれた。夜の帳が落ち、街の風景が色を失くすと、男女の間には妙に艶っぽい色気が漂い始める。他人はそれを、ロマンティック、と呼ぶのだろうか。否、それはきっと余裕のある人なのだろう。今の自分には、「ただ寂しい、帰りたくない」という方が正解だろう。バックシートで体に摑まっているルカを乗せ、裕士はこのままどこか西の方へ落ち延びてしまいたかった。しかし、心とは裏腹にルカの家の前に辿り着く現実的な自分が情けなかった。

「大丈夫?昨日は無断で外泊したけど、お父さんに叱られない?」

 エンジンを切り、ヘルメットを脱いで、そう聞いた裕士に、ルカは思いもよらない行動をした。何も答えず、振向き様に口づけをしてきたのだ。ふいをつかれた裕士は、しばし呆然と立ち尽くしていた。女性からキスを奪われた経験なんて初めてだった。とてもふんわりとした気持ちだった。しばらくして、ゆっくりと唇を離したルカは、

「ユーシくんならきっと大丈夫。まだ、自分の事よく判ってないようだけど・・・。ユーシくんならきっと良い、うーん『良い』というのは、『優しい』患者さん思いのお医者さんになると思う。勉強頑張ってね!」

 と言って走り去った。

「また明日図書館で会おうね!」

 背中に向かって、裕士が投げかけると、振向いて、笑顔でルカは答えた。

 ―あなたならきっと大丈夫。

 そう言ってくれた人を僕は忘れない。しかし、ルカが図書館に来る事はもう二度と無かった。

**************【次回へ続く】*********************

注:この小説はフィクション(嘘)です。実在の人物、団体、事件などには一切関係ありません。

本日のインスピレーションは、中村あゆみ「翼の折れたエンジェル」。今年の大磯花火大会のゲストでした。あ~仕事を片付けて行きたかった・・・要領の悪い自分が悪い。 ↓クリックよろしく!Banner2_7

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2009年8月 5日 (水)

立て!鏡のような波頭の上に 51話 俺んとこ来ないか?駆け落ちしようぜ!

「俺んとこ来ないか?」

 捨て猫みたいな俺達に、帰る場所なんてもう何処にも無かった。

「え?・・・」

「駆け落ちしようぜ・・・」

「駆け落ちかぁ・・・。なんか響きが、昭和みたいだね。」

「縛られたアダムとイブ。走り抜けたボニー&クライド。ロミオとジュリエット。日本じゃ、近松のおさんと茂兵衛。古今東西、最後の手段は結局これなのさ。」

「・・・行けるとこまで、行ってみたいわね。」

 ルカは海を背にして、くるりと振り返った。西日が右から照りつける。

「行こうぜ、ピリオドの向こうへ。俺、バイトの日数を増やすよ。ヨシユキが言うには、4、5万でなんとかワンルーム借りれるっていうしさ・・・、二人で働けば、何とかなるさ。」

 西日は、サービスエリアの植え込みにも差していた。その花壇には、向日葵がぐん伸びて我こそと咲いていた。大輪の花の陰には、萎れた向日葵も幾本か見受けられた。ルカはじっと、花壇の向日葵を見つめていた。しばらくして、独り言のようにぽつんと呟いた。

「みずや君

 あすは散りなむ花だにも

  力のかぎりひと時を咲く」

「なに?」

「九条武子。ユーシくん、私たちは予備校生よ。私たちが今やることは、目標の大学に行くために勉強することよ。その気持ちだけで嬉しいし、その言葉で私はこれから頑張れるわ。でも、とにかく今は、あと半年勉強しましょ。」

**************【次回へ続く】*********************

注:この小説はフィクション(嘘)です。実在の人物、団体、事件などには一切関係ありません。

本日のインスピレーションは、氣志團 の「ONE NIGHT CARNIVAL」。創作時間、これでも三十分也。 ↓クリックよろしく!Banner2_7

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2009年8月 3日 (月)

立て!鏡のような波頭の上に 50話 西湘バイパスサービスエリア

 *

 午後は、湯河原を目指して国道一三四号線を南下した。夕べルカは無断外泊をした。ルカの父は、そのことでまたルカに暴力を振るうのだろうか。裕士の母は、裕士を信じていると言えば聞こえがいいが、きっと何も言わないだろう。とにかく。二人は二人の家に帰らなければならない。道は延々と相模湾に沿って走る。大磯辺りまでくると、海の色が鮮やかなエメラルドの緑になる。裕士とルカは、西湘バイパスのサービスエリアにバイクを停めた。海に向かって吹きつけるオフショアの風はからりと乾いていて、実に気持ちが良かった。ルカは風に巻かれないように、なびく髪を片手で耳に止め、目を細めて波が岸に寄せるのを眺めていた。半袖のシャツから除いたか細い二の腕には、どす黒い痣が覗いていた。この細い体でどんな父親の暴力に耐えているのか・・・、それを思うと裕士は、このままルカの手を取って、父親の元からルカを連れ出したい衝動に駆られた。

**************【次回へ続く】*********************

本日創作時間15分也。兎に角前に進ませます。

注:この小説はフィクション(嘘)です。実在の人物、団体、事件などには一切関係ありません。

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2009年7月26日 (日)

立て!鏡のような波頭の上に 49話 あの人いったい何時にここに来たんだろう~ふたりの世界

 お金の無い十九歳の二人は、そのまま海辺で朝を迎えた。裕士にもたれかかるようにルカは眠っていた。波音も、風音も小鳥の囀りさえも聞こえない。ふたりの鼓動だけが聞こえる。ルカの寄せた肩と裕士の胸の接した部分が汗でべっとり湿っていた。俺たち生きているんだ、と裕士は思った。目が覚めると裕士は、折角ここまで来たんだから七里ヶ浜のレストランに行こう、と提案した。ベルギーの人気店が日本に初上陸したお店で、朝のスクランブルエッグが人気メニューだと、図書館の雑誌でついこの間読んだ事を思い出した。

 バイクで移動した。江ノ島から七里ヶ浜までの海岸線に沿った沿岸道路は、気持ち良かった。からっとした抜けるような夏の陽気が暑かった。朝十時開店のお店に十時ぴったりに着いたが、既に長蛇の列。二階に有る入り口から1階の階段まで、二十人ほどの人が並んでいた。裕士とルカは階段の列に並ぶと、四角い吹き抜けの壁から見える目の前の海の風景を眺めていた。穏やかな波上を、戯れるように幾重ものロング・ボーダーたちがサーフィンをしているのが見えた。吹き抜けの建物の壁が額縁のようで、まるで絵画を見ているようだった。一時間してやっと、店内に通された。店内は満席だった。犬を連れている近所の人も居れば、県外から来たような観光客も居た。観光客はすぐ判った。服装が気合が入っているし、皆お決まりのように店の目の前に展開する陽光の海を思い思いに眺めていた。裕士は一人の女性に目が止まった。つばの大きな麦藁帽子を被り、顔の半分が隠れるような黒いサングラスをかけて一人でテラス席に座り、海を見ている。小洒落た店に輪をかけて、それ以上にお洒落な女優のような服を着て、自意識過剰に座っていた。でも、ちょっと待てよ。十時開店の店に十時に来た自分より先に店に入ったということは、長蛇の列の遙か前、午前九時にはもう店の入り口にスタンバっていたことになる。あそこまで気合の入ったお洒落をしてこの店に来ると言う事は、地元の人間ではない。―と、いう事は、前日に明日は鎌倉のあのお店にブレック・ファストを食べようと少なくとも午前七時には起きて、一時間程身支度をして、まあ少なくとも一時間は車を飛ばして、やってきたのだろう。否、一人で朝、鎌倉の海辺に来ているということは、傷心旅行で鎌倉プリンスホテルにでも泊って、朝一番で以前から雑誌でチェックしていたこのお店に来たのだろうか。いずれにしろ、センチメンタルに海を眺めるその女性は格好良かったが、その格好で朝一番に家を出てきた事を想像するとその気取りが間抜け過ぎて、裕士は笑いが止まらなかった。いや、だってあの格好で午前七時に出かけて来たんだぜ。粋な女性なら、アンニュイな日の暮れる夕方にぶらりと来て欲しい。

 そんな意味の無い妄想を裕士は、ルカに話していた。ルカは取りとめも無く笑って、裕士の話に頷いた。話をしながら、裕士は自分達は、周りにどう映っているのだろうかと思案した。付き合っているカップルに見えるのだろうか。まだ距離のある友達に見えるのだろうか。辺りをぐるりと見回す。超行列の人気店にやっと入ったお客達は、みなお互いのおしゃべりに夢中だったり、外の優雅な景色に見惚れている。多分、誰も俺たちの事なんか気にしてやいない。俺たちは今、大勢の人に囲まれているけれど、俺たちの世界は二人の世界なんだと裕士は思った。今日、この日にここに居たという出来事は、君と僕の二人が記憶していなければ、他の誰もが知る由も無い。そう思うと寂しいし人間て儚いな、と裕士はルカに呟いた。人の夢と書いて儚い、はかない。あー人の夢は叶わないのか。俺の夢は・・・―わたし、ずっとおぼえているよ―ルカはそう答えると、裕士の目を見て笑って、アイスミルクティーをストローで吸った。

 麦藁帽子の女優は、裕士たちが店に入ってから、一時間経過してから、店を出て行った。その間、アイスティー一杯で粘って、ずっと海の向こうを見て独り黄昏ていた。恋の疲れか、仕事の疲れか。いずれにしろ、それぞれの人にそれぞれの事情がある。

**************【次回へ続く】*********************

あー世間は抜けるような真夏日なのに、今日も仕事です。気分転換して小説を書きました。今日のインスピレーションはTiffanyの「ふたりの世界」。この時十六歳、初恋の人です。

注:この小説はフィクション(嘘)です。実在の人物、団体、事件などには一切関係ありません。

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2009年7月25日 (土)

立て!鏡のような波頭の上に 48話 彼女が助産師になりたい理由

「わたしね、中学三年の時に、お母さんを癌で亡くしたの。」

 ルカはぽつり、ぽつりとしゃべり出した。裕士は何も言えずにただ、聞いていた。

「高校受験を控えた夏、病院に見舞いに行くんだけどね、お母さん、『あんたは勉強しないといけないんだから、見舞いになんか来なくていい』って叱られてね。でも、抗癌剤も効かずに日に日に衰弱していくお母さんを放って置けなくて、お姉ちゃんとほぼ毎日お見舞いに行ったわ。あの年は雨の全く降らない、本当に暑い夏だった。照りつくように晴れ渡った健康的な空が、憎かった。」

 満月の月に雲がかかった。辺りがその分暗くなった。その暗闇を破るように、誰かの小さな打ち上げ花火がひゅるると揚がり、ぱんっと小さく鳴って弾けた。ルカは静かに続けた。

「お母さんの具合が安定したから、お医者さんがおうちに帰っても良いっていうので、久し振りに家に帰って来たの。丁度、湯河原花火大会の日だったわ。家族みんなでマンションの屋上に上がって花火を見たの。きらきらとした花火を見てるお母さんが本当に楽しそうだった。まさかあれが最後の夜になるなんて思わなかった。」

 ルカは顎を空に向けて仰ぐように上を見上げた。あの日の花火を思い出しているのだろうか。それとも、零れる涙を堪えているのか。判らなかった。

「次の日の朝もお母さんが元気だったから、『今晩はお母さんの好きな餃子を一緒に作ろうね』って約束して学校に行ったわ。そしたら、午後の授業中に呼び出されたの。お母さんが危篤だから帰りなさいって。病院に駆けつけた時は、お母さん人工呼吸器を付けられて、話なんて出来なかった。お医者さんが私たちを外に呼んで、『お母さん、苦しそうだから、モルヒネ打ちますか・・・』って聞かれて・・・。お母さんが少しでも楽になるならモルヒネ打って下さいって、お父さん答えたわ。でも、お母さんの息が絶え絶えになって・・・。もう駄目だって思われたのね。看護婦さんやお医者さんを呼んでも、事務的な対応しかしてくれなくて・・・。お医者さんもほかの患者さんを大勢抱えているから、死んじゃうお母さんより、助かる患者さんを優先するのは、良く判るわ・・・。でもね、駄目でもいいから、お医者さんに最後はそばに居て欲しかったの・・・。私、病院を恨んだわ。家族にさすられながら、お母さんは息を引き取ったわ。手際が良いわよね。あんなに呼んでも来なかったお医者さんが、死ぬ瞬間にはタイミングを見計らって入り口に立っててね。お母さんの脈を取って『御臨終です。』って。そして、手際よく葬儀屋を紹介されて。客観的に病院は事務的には何の落ち度も無かったと思う。むしろ普通のよくある対応だったと思う。でもね、こんなシステマチックで冷たい病院、二度と来るかって思ったの。」

 親族の死に立ち会った経験の無い裕士には、想像すら出来なかった、否、想像することさえなかった話だった。

「その病院の前を通るとお母さんの最期を思い出すので、避けてたわ。でもね、二年後、お姉ちゃんが同じその病院で、子供を産んだの。お姉ちゃんはシングル・マザーを選んだから、出産には私も立ち会ったの。立ち会って、思ったの。これが同じ病院での出来事かって。生命の産まれる瞬間や場所って、何てきらきらして輝いているんだろうって。赤ちゃんの、『おぎゃー』っていう産声は、今でも鮮やかに耳元に残ってる。一方では人が死んで行くけど、一方では生命が誕生する。その時、生命の誕生に立ち会える助産師っていう素敵な仕事を知ったの。私は闇よりも光を見たいの。」

 そう言うと、ルカは笑って裕士を見た。その刹那、月にかかっていた雲が割れ、一条の光が差し込んで大海原を照らし出した。波一つ無い、鏡のような海面に光の道が浮かびあがった。

「綺麗ね。」

 目を細めたルカが呟いた。

「あの海の道を二人で渡って行けたらいいね。」

「うん、ユーシくんが連れてってね。」

 二人ははじめて口づけを交わした。月明かりの中、二人は一つの影絵になった。

**************【次回へ続く】*********************

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2009年7月10日 (金)

立て!鏡のような波頭の上に 47話 彼が医者になりたい理由

 裕士は愕然とした。自分はお金を稼ぐために医者を目指したが、取り立てて成りたい医師像というものが無い事に気付かされた。赤ひげ先生のような篤い気持ちが自分にあるのかどうか判らなかった。病弱な自分を助けてくれた医師に感動して、はたまた、肉親の手術に立ち会って直してくれた医師が神のように見えて憧れた云々、といったことは全く無く、齢十九に成るまで至って健康、医者にかかった事は健康診断くらいしかない。ネットサーフィンをしていて、或る市の年収が公開されていた。その給与序列を見ると市役所の最高位たる市長は年収1千万円強。なんとびっくりしたのは、市長の上に「医師」が年収三千万円で君臨していた。これを高校二年の時に見て決めた。さらにネットサーフィンで辿り着いたのが、レーシックの執刀医募集の年収四千万円也。あーもうこれしかないと思った。週五日勤務で四千万円はいらない。週四日勤務で年収三千万円もあれば充分だ。医師の求人サイトには、週四日の募集も出ていた。

「レーシックの執刀医で、週四日勤務で年収三千万円で、あと三日はゴルフやクルージング三昧の医者になりたい。」

 とはルカに言えなかった。あまり不純すぎる。はたしてこんな金の亡者のような自分が人様の生命を扱う医者に成っていいのかさえ疑問に思えてきた。保険診療点数を稼ぐために、ホームレスを集めて入退院を繰り返させ、診療報酬を不正受給して逮捕された病院のニュースが頭に浮かんだ。黙り続けている裕士にルカは自分の動機を話してきた。

**************【次回へ続く】*********************

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2009年7月 9日 (木)

立て!鏡のような波頭の上に 46話 街角では少女が自分を売りながら あぶく銭の為に何でもやってるけど

 ――家ヲ出タイノ・・・裕士は、ユイとミカを思い出した。彼女達は、家を出て、自分の体を売ってでも力強く生きている。ある意味自由であり、輝かしい生命力に溢れている。裕士は軽蔑するつもりはなく、本心でそう思った。どこでも、どんな方法でも生きていける逞しいほどの生活力。尊敬の念さえ感じる。果たして自分はそこまでしたたかに生きていけるだろうか。

「だったら、今すぐ出ればいいじゃん。」

 ユイやミカに比べれば、じれったく思えたルカに裕士は少しの邪気を込めて言い放った。しじまが流れた。やがて、灯台の光が一周した。ルカは思い口を開いた。

「・・・、私の友達にも家庭の事情で家を出た娘がいるわ。私だってすぐにでも家を出たい。でも、高卒で家出をした女の子が働ける場所なんて限られてる。中には、売春まがいの事をしてお小遣いを稼いでいる娘だっているけど・・・、私にはできないわ。それだったら、死んだ方がましよ。」

 瞬きをしないまま話すルカの頬を一筋の涙が伝った。裕士は悪い事を言ったなと思った。ルカは続けた。

「あと半年だもの。あと半年我慢して大学に入ったら私の未来が開けるの。私が自立して生きていくためには、今は父さんの暴力に耐えてでも、看護学部に受からないといけないの。だから、あともうちょっとなの・・・」

 そこまで言うと、ルカは黙った。泣かなかった。蒼白い月明かりに照らされた目の前の海をキッと、見つめていた。瞬きもせずに、射抜くように。しばらくして、一回瞬いた時、線のように細くしずくが零れた。決して負けない、強い意志を感じた。針のように細い片足で、倒れまいと必死に踏ん張るフラミンゴ。凛として、美しいと思った。ルカは、きっと体を売るくらいの状況になったら、平気で名誉の死を選ぶんだろうなと思った。険しい山の頂きに咲く高山植物のような高潔さ。

「悪かったね・・・あと、少しだもんね。がんばろうね。俺が大人だったら、今すぐにでも連れ出してあげられるのにね・・・」

「ううん、今日こうして海に連れてきてもらっただけで元気が出たわ。明日からまた頑張れるわ。」

 ルカが笑った。それは、無理やり作った笑顔だったかもしれないけれど、彼女の強さのように思えた。ユイやミカのような生き方。ルカの生き方。どちらも、力いっぱい必死で生きている。いろんな生き方がある。自分はどう生きるのか。何ができるのだろうか。そう自問した裕士にルカは聞いてきた。

ユーシくんは、どういうお医者さんになりたいの?

**************【次回へ続く】*********************

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2009年6月26日 (金)

立て!鏡のような波頭の上に 45話 DV

「働いて、一人暮らしかぁ。凄いね。俺、受かる事に必死で、そこまで考えてなかったよ。」

 ルカは、また黙っていた。1分に一回だろうか、忘れた頃に一周する灯台の光が再びよぎった。ルカは遠くを見たままだった。長い睫毛が綺麗だった。

「お父さんはね、ほんとは優しいの・・・。だけど、勤めている会社が、業績が厳しくて、いろいろ無理してるらしいの。それで、昔はたまにだったんだけど、時々家で暴れることがあって。お酒も毎晩手放せないようになって、最近は、膨らんだ風船が破裂するみたいに、しょっちゅう暴れるようになったの。」

「大変だね・・・」

 裕士はなんて言っていいか判らなくて、それだけ言うのが精一杯だった。が、ルカは裕士に話している、というよりは、自分自身に話しているようだった。

「そんな会社ならいっそのこと、潰れてしまえばいいのにね。そうじゃないのかなぁ、うちのお父さんが弱すぎるのかもね・・・。」

「でも、子供に暴力を振るう理由にはならないよ。」

「うん・・・。お父さんは今でも好きだし、本当に感謝してるの。でもね、私は小さい時からずっと、お父さんのDVに耐えて来たから。経済的に自立できたら、とにかく早く家を出たいの。」

**************【次回へ続く】*********************

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2009年6月 4日 (木)

立て!鏡のような波頭の上に 44話 他愛も無い会話

ルカは傷の無い右の顔側、つまり裕士の左側に座った。女心だと思った。それを察すると裕士は何も言えなかった。気を逸らそうと、共通の友達、伊藤峻や横山良幸の近況を無理矢理、話した。

「シュンもヨシユキもケイゴも皆、大学違うけどさ。D1とかいうサークルに入ってさ。夏はテニス、冬はスノボとか行くんだってさ。って言ってもシュンもヨシユキもテニスって柄じゃないからさ。専ら飲み会要員らしいぜ。ほぼ、毎週合コンらしいよ。シュンはヘルペス移されたけど、五股もかけてるから、誰から移されたか判んないってさ。」

「シュンくんはかっこいいからね。モテるよね。」

「でもあいつさ、好き嫌いがはっきりしてて、可愛くない娘の前じゃ、愛想笑い一つできないんだ。顔にはっきり出るんだ。ヨシユキは気を遣って、そっちの娘のフォローばっかしてるから、みんなからブス専とかあだ名つけられちゃってさ。本人その気無いのに、可愛そうだぜ。ヨシユキも人が良すぎるんだよな。」

「女の娘もそういう優しさに気付くと良いんだけどね。あ、ケイゴ君、この前駅で見かけたけど、高校の時と凄い変わったよね。アフロヘアにしてたし、日焼けもして、髭も生やして、もう別人。高校の時の華奢で、可愛いイメージ、もう無いよね。」

「ああ、あいつはちょっと突っ走ってるよな。卒業旅行で、オランダ行って変わったよ。だってこの前さ・・・」

 と言いかけて、口を噤んだ。山﨑圭吾宅のマリファナ・パーティは流石に話せない。大学に行って、コンパやサークルで活き活きとしている彼らの活動報告をしている内に、自分には高校卒業後、取り立てて話す事など何も無い事に気付いて、裕士は虚しくなった。

「みんな、楽しそうだね。」

 ルカの横顔に灯台の灯が走った。彼女は膝を抱えて、その上に顎を乗せ、遠い、遠い目をしていた。ルカはどんなキャンパス・ライフを過すのだろうか。

「ルカは、大学行ってサークルとか入るの?」

「サークルかぁ。あんまり考えた事無かったな。私は、とにかく早く、看護師国家試験、取りたいから。」

「凄いね。俺、遊ぶ事しか考えて無かったよ。医師国家試験は卒業後でも良いかなー、なんてさ。その前に医学部に受かるかさえ判んないし。こんなに苦労して大学行くんだから、行ったら目一杯遊びまくろうって。ルカは大学行って遊ばないの?」

 何か彼女の爆弾に触れたのだろうか。彼女は、黙り込んだ。しばしの沈黙が流れた後、ずっと遠くを見たまま、彼女は重い口を開いた。

「家を出たいの・・・。大学行ったら、働いて、学費も自分で稼いで、一人暮らしをしたいの。」

**************【次回へ続く】*********************

注:この小説はフィクション(嘘)です。実在の人物、団体、事件などには一切関係ありません。

構想は決まっているのですが、このまま行くと原稿用紙300枚を優に超えてしまいそうです。初めて小説なるものを書いたので、距離感が判りませんでした。やばい、はしょらなきゃ。次の構想も浮かんできたし、大作家じゃないんだから、短編で良かったのだ。でもね、どうしてもこれを書かなきゃ私は次へ進めないのです。早く終わらそ、終わるかな。ちょっくら充電して来ま~す

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2009年6月 3日 (水)

立て!鏡のような波頭の上に 43話 晩夏/今から早朝サーフィンに行くぞ!

 江ノ島海岸は、湯河原の静かな浜に比べて都会的な華やかさを帯びていた。海岸通りに立ち並ぶ、ラスベガスのホテルのようにポップな、そして色とりどりの電飾のラブホテル群を通り抜けて、海辺に出た。海岸では、何組かの大学生のようなグループがきゃっ、きゃと奇声をあげながら、あちらこちらで花火を打ち上げていた。突発的に上がる打上花火が、不意をつかれたサプライズのプレゼントのようで奇麗だった。あと数日で九月になる。取り壊され始めた海の家も数軒あった。まだ残っている海の家には灯りが点り、中では人々がお酒を飲んでいた。皆、最後の夏の余韻を惜しんでいるかのようだった。裕士とルカは、何も言わずに手を繋いで、猫の額ほどの江ノ島海岸を一回り歩いた。力無い波の音は穏やかで、何も干渉しない距離感を保っているように優しかった。海辺を見下ろすコンクリートの階段には、二つの黒い影が等間隔で、まるで一休みする鳩の群れのように並んでいた。あそこに座ろうか、と裕士は促し、影の途切れた壁際の階段に二人は腰を下ろした。

**************【次回へ続く】*********************

注:この小説はフィクション(嘘)です。実在の人物、団体、事件などには一切関係ありません。

忙しい5月が終わった!日も長くなった!今日からやっとサーフィン再開だ!!私は、波情報はここで確認しています。私の小説の舞台となっている湯河原吉浜のライブカメラはこちら。(湯河原町提供)

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2009年6月 1日 (月)

立て!鏡のような波頭の上に 42話 日曜日の夜さ♪連れ出してあげる

 裕士は追った。彼女の顔の怪我を見て、追わずにはいられなかった。じきに追いつくと、ルカは走りつかれたのか、立ち止まった。立ち止まると、傷だらけの顔を隠すように、裕士の胸にしがみついてきた。そして、泣いた。

 ただ、ただ泣き続けた。裕士は立ち尽くして、抱きすくめる事しかできなかった。

「裕士くんだけには、見られたくなかった・・・」

 ルカは、ぽつりと呟いた。

 どうしたの?とは、裕士は聞けなかった。聞いてはいけないような気がした。ほどなくして、ルカは泣き止んで歩き出した。

「お父さんに、お酒を買いにいかないといけないの・・・。」

 裕士は黙って横に並んで、酒屋までの道のりを一緒に歩いた。酒屋までは、二人は何も喋らなかった。握ったルカの手が、妙に冷たい事を裕士は気にしていた。酒屋に着くと、酒屋の蛍光灯に目を細めて、ルカは店に一人で入っていった。迷いもせず、慣れた様子で棚の前に行き、ある銘柄の一升瓶を手にすると、彼女はすぐに出てきた。帰りは、川沿いの道を歩いて帰った。裕士は、一升瓶を持ってあげた。瓶は思いのほか、ずしりと、重かった。二人は、川を見ながら歩いた。川は音も立てずに静かに流れていた。漆黒の空を映した水面は、まるでこの世の全てを飲み込んでしまうように、重く、巨大な生き物のようにうねって流れていた。しばらくして、ゆらぐ水面に心解かされたように、ルカが話し始めた。

「ごめんね、急に行けなくなって・・・」

 ルカの顔に只ならぬ事態を察せざるを得ない裕士は、ううん、と首を振った。

「お父さんがね、時々、暴れるの・・・。お父さんの事悪く言いたくないんだけど・・・」

 と言って、ルカは再び泣き出した。

「いいよ。」

 裕士は、ルカの頭を撫でた。

「ほんとうはね、今日凄く楽しみにしてたんだ・・・」

 泣きじゃくるルカを抱きすくめながら、裕士は自分でも思い掛けない事を提案した。

「今からでもいいから、行こうぜ!」

「え、でも・・・」

 裕士は、ルカの手を握って、走り出していた。ルカの事情は良く判らない。ただ、決して彼女にとって良い状況であるはずが無い。とにかく、遠くへ。ここじゃない、どこか遠くへ、彼女を連れ出したかった。俺が連れ出してやる。信じるなら、着いて来い!きっと、今よりは良いはずだ!

 ルカのマンションに着くと、裕士は、自分でも驚くほど冷静に彼女を言いすくめた。

「酒を置いたら、すぐに出て来い。行こう。今日は何が何でも約束通り、海まで行こう!」

 ルカは、裕士の気迫に押されたように、頷いて、家に走っていった。裕士は、ルカの後ろ姿に投げ掛けた。

「三分経っても出てこなかったら、俺が連れ出してあげる!」

 裕士が考える間もなく、すぐにルカが飛び出してきた。ブルン・・・バイクにキーを差し込み、ルカにヘルメットを被せると、飛び出すようにバイクは走り出した。

「しっかりつかまって!」

 ルカが裕士に回した手にぎゅっと力が入った。

**************【次回へ続く】*********************

注:この小説はフィクション(嘘)です。実在の人物、団体、事件などには一切関係ありません。

今日のインスパイアは、これ↓。COMPLEX「恋をとめないで」吉川さんの無茶苦茶振りが大好きです。 ↓クリックよろしく!Banner2_7

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2009年5月28日 (木)

立て!鏡のような波頭の上に 41話 3 small words

 翌日、裕士は朝九時から図書館に詰めた。途中、辺りを見渡すばかりで勉強には全く身が入らなかった。約束の11時になってもルカは来なかった。約束では、バイクで江ノ島に行くはずだった。裕士は、図書館の入り口に停めたバイクの上で、パンを齧りながらルカを待った。こんな日に限って空は空々しいほど素晴らしい天気で、その太陽の明るさが逆に裕士を空しくさせた。バイクに掛けた二つのヘルメットは風に吹かれたままで、やがて、そこには西日が差し、ついには図書館の木立の長い影に包まれた。図書館の閉館時間が来て、裕士は図書館を追い出された。バイクに跨ると、裕士はルカの家の前まで行ってみようと思った。

 ルカの家に着いた頃には、空はもう薄い炭をこぼした様な暗さになっていた。マンション二階のルカの部屋にはオレンジ色の灯りが灯っていた。裕士は、道端の電信柱の脇にバイクを停めて、シートの上に腰掛けると、煙草を吸いながら、その灯りをじっと見つめた。煙草を三本吸ったところで、ルカの部屋の明かりが消えた。しばらくして、マンションの門から夕闇に包まれた女性の影が現れた。影はゆっくりとこちらに向かってくる。電信柱の下に来た時、斜に差す街灯の光で顔が見えた。ルカだった。ルカは、力なく下を向いたまま歩いていた。

「ルカ!」

 裕士が声を掛けると、少女は顔を上げた。裕士を見ると、無防備に驚いたように顔を隠し、小さく三言呟いた。

「ナ・ン・デ?」

 その言葉は、そこにいるはずでない裕士を激しく拒絶しているようだった。そこに居るべきでない、とも言っているようだった。

 驚いたのは、裕士も同じだった。顔を見上げて目が合った時、長い前髪に隠されたルカの左目が赤く腫れているのを認識したからだ。

「ドウシタノ?」

 裕士が聞くと、ルカは今度は力強く三言だけ投げ捨てて、走り去った。

「イヤダ!」

**************【次回へ続く】*********************

注:この小説はフィクション(嘘)です。実在の人物、団体、事件などには一切関係ありません。

今日はJosie and The Pussycats の「3 small words 」に背中を押されて書きました。疾走感溢れるこの曲を聴いていると、嫌な事も吹っ飛び、意欲を掻き立てられます!大好きな曲です。 ↓クリックよろしく!Banner2_7

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8年以上前の古い曲ですが、気に入った方はお早めに↓でどうぞ。絶版にならない内にねheart03

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2009年5月20日 (水)

立て!鏡のような波頭の上に 40話 超プラス思考

 呆けた様に時間ばかりが流れた。時計の針は午前二時を差していた。ルカは理由を言わなかった。それを数少ない会話から、推理小説を読み解くようにほぐしていった。裕士は、ルカとの会話を思い出す。

――行くのいやになった?

――ううん、そうじゃないの

 「ううん、そうじゃないの」。この一点に裕士は一縷の望みを託した。彼女は俺の事が嫌いな訳ではない。何らかの外的要因により、自分の意思とは別のことで来れなくなったのだ。きっとそうだ。

――何も聞かないで

 と、彼女は言った。しかし、言外から匂い立つのは、「助けて!」という、彼女の悲鳴のような気がしてならなかった。明日、図書館にルカが来なかったら、ルカの家まで行ってみよう。

 そういう結論に達すると、気が楽になり、程なく裕士は眠りについた。超プラス思考な男、めげない男、といえば聞こえは良い。が、裕士の読みが外れていれば、自分に好都合な事この上ないこの思考回路は、もうストーカーの発想である。プラス思考とストーカーとの分かれ目は、自己を客観視できるか、それにもう一つ付け加えるならば、相手の気持ちを汲めるかどうかであろう。半と出るか、丁と出るか。ルカに再び会った時、最初に彼女の顔が曇ったなら、裕士は全てを諦めるつもりでいた。

**************【次回へ続く】*********************

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2009年5月19日 (火)

立て!鏡のような波頭の上に 39話 涙の電話

 午後十一時、裕士は蛍光灯を点けた机で、黙々と微分方程式を解いていた。今日は閃きが良く、問題を何題もすらすらと解けた。区切りがついたので、両手を大きく伸ばし、椅子の背もたれに仰向けに寄りかかる。そして、タンスの上の新品のヘルメットに目を向けた。明日は、ルカとのバイクでのドライブの日だ。ルカに汗臭いヘルメットを被せる訳には行かないので、昼間、半帽のヘルメットを購入した。そのヘルメットがタンスの上で、裕士の傷だらけのフルフェイスとツーショットで並んでいる。まるで堤防で寄り添うカップルみたいだ、と微笑ましく眺めていたら、けたたましく携帯電話が鳴った。遅い時間だし、さっきルカとのデートを自慢したシュンかな、と思った。何かデートのアドバイスだろうかと、電話を覗き込むと、ウィンドウに表示されていたのは、ルカの名前だった。出ると、ルカは泣いていた。

「えんっ・・・、えんっ、・・・・えんっ・・・」

「どうしたの?」

 過呼吸のようにひっくひっくと泣きじゃくりながら、ルカは嗚咽の合間を縫って、言葉をどうにか絞り出した。

「・・・、ごめんね、明日の約束なんだけど、行けなくなっちゃった。本当にごめんね。」

「え、なんで?」

「本当にごめんなさい。わたしの一方的な都合なの。」

「え、行くのいやになった?」

「ううん、そうじゃないの。急にね、無理になっちゃったの・・・」

「明日が無理なら、また次の週にでもする?」

「・・・、ありがとう。でも、しばらくは、会えないな・・・」

「まあ、いやならしょうがないけど。何でか、わかんないな。」

「何も聞かないで。訳は言えないけど、本当にごめんなさい。ごめんなさい・・・」

 男は「なぜ?」としか聞けなかった。女は「ごめんなさい」としか答えられなかった。ごめんなさい、ごめんなさい、とだけ繰り返し、ルカは電話を切った。ふられたのだろうか・・・。裕士は、電話を切って、しばらく動けなかった。

**************【次回へ続く】*********************

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2009年5月16日 (土)

立て!鏡のような波頭の上に 38話 some kind of trouble,some kind of fight

 彼女の名前はルカ。彼女は二階に住んでいた。

 ルカのマンションは、新崎川のそばに在る。予備校からの帰り道、裕士はルカを想っていた。今日は夜九時まで予備校の自習室で勉強をした。勉強が信じられないくらいに捗った。心に一点の曇りも無いような清々しい心持ちだからであろう。明日は、ルカとの約束の日だ。駅から降りて、裕士は自転車がぎっしり並んだ列から自分の自転車を見つけると、取り出した。取り出しながら、反対方面だが、久し振りにルカの家へ寄り道をしてみたくなった。高校時代、部活や塾の帰り道、裕士はよくそうして家に帰っていたものだ。つい一年も前のことだが、こんなときめきははまるであの頃の瑞々しい時代に戻ったようだ。

 ルカの家の前へ来て、自転車を停める。片足を付いて、二階を見上げる。カーテンは閉まっていたが、黄色い光が灯っていた。ふと、カーテンを誰かの黒い影が横切った。ルカだろうか。裕士は裕士の知らないルカの日常を思いやった。仰ぐように更に上を見ると、マンションの頭上には、銀色の満月が燦燦と輝いていた。満天の空には、雲一つ架かからない。明日は晴れだ。それを見届けると、裕士は自分の家へ、踊る気持ちでペダルを漕いだ。

 その頃、裕士が見上げていた窓の中では、怒鳴り声とコップや皿が飛び散る音が響いていた。誰かの叫びのようなその暴力の音は、マンションの防音二重ガラスの外には、卵の殻が壁にぶつかり力なく、かつん、と微かな音を立てるくらいの振動しか漏らさなかった。夢見心地で帰る裕士の後姿には、その音は露ほども届かなかい。

 その家の中でルカは父親に髪を引き摺り回され、端正な顔を父親の足で踏みつけられていた。

「大丈夫、大丈夫・・・」

 ふらふらになりながら少女は、裕士の笑顔を思い出していた。照れ臭そうにはにかむ優しい少年の笑顔が少女は大好きだった。自分の父親もかつてはそのような優しい笑い方をしていた。実の父親に罵声を浴びせられながら、ルカは、自分が子供だった頃の若かりし父親の笑顔を必死に探そうとしていた。が、その瞬間、激しい火花が目を襲った。

 ―――もう、一時間は経ったのだろうか。酒が足りない、と大声で怒鳴りつけると、父親は逃げるように、外へ出て行った。先ほどまでの騒ぎが収まり、嘘のような静寂を取り戻した部屋の中で、ルカは、破壊された電球を踏まないように起き上がると、洗面所へ伝って行った。薄暗い鏡の中に映った自分を見て、ぞっとした。左目に毒々しい紫色のあざができていた。まるでお化けみたい、ルカは自分でもそう思った。―― 明日は彼に会えない。初めてのデートなのに。月明かりだけがひっそりと差し込む部屋にへたり込むと、少女はただ、ただ、泣き続けた。

**************【次回へ続く】*********************

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2009年5月13日 (水)

立て!鏡のような波頭の上に 37話 堰を切ったように

「あ、ひさしぶり。」

 ルカ―相沢瑠華は、笑顔で迎えてくれた。

「この前、予備校で見かけたよ。てっきり大学行ったかと思ってた。」

「うん、短大しか受かんなくてね。どうしても四大に行きたくて・・・。ユーシくんは、医学部目指してるって言ってたよね。」

「うん・・・、手に職付けるには医者が良いなと思ってね。」

「私は、看護学部目指してるんだ。」

「あ、そうなの?!」

 裕士は、一瞬妄想した。相沢瑠華が白衣を着た看護婦で、自分は医者として、一緒に大病院のロビーで話している姿を。お目出度い男だ。それを知ってか知らないが、ルカは、裕士の妄想とは繋がらない答えをした。

「助産師になりたくてね。私も、手に職付けたくてね。助産師さんなら、女手一つでも開業できるしね。」

「そうか、開業か・・・。そうだよね、俺も開業したいけど、その前に医学部に行けるかが、大問題だよ。試験はさっぱりだしね。」

「あー、この前全国統一模試で隣だったよね。ユーシくん、難しい顔してたから、声掛けられなかったよ。」

「実は、試験に行く前に、海岸線を走ってたら、警察に捕まったんだよ。」

「え、なんで?裸でランニングでもしてたの?」

 ルカはいたずら好きそうな目をして覗き込み、屈託無く笑った。裕士の知っている高校時代の物静かなルカと違う一面を垣間見た気がして、裕士はどきりと恋をした。

「え、あ、違う違う、バイクで走ってたんだよ。スピード違反。40キロオーバーで、一発免停だよ。まあ、捕まったのもショックだけど、『職業は?』って警官に聞かれて、『浪人生だ』って答えたら、『無職』だってさ。いまさら気付いたけど、俺達、社会から見れば、無職なんだってね。あー、切ないね。」

「・・・、そうか。必死で毎日勉強してたけど、改めて言われると、確かにそうだよね。来年は、二人とも受かると良いね。」

 裕士は、何のたわいも無く、ごく自然にルカと自分が話している事が意外だった。こんなに簡単な事なのに、何で高校の時は、腫れ物に触るように、話す事を避けていたのだろう。きっかけさえあれば、実に何てことはなかったのに。高校三年分の想いから堰を切ったように話したい事柄で胸は溢れた。ハナシタイコトガ、イッパイアルンダ。裕士は、このままずーっと、こうして話してたかった。そう思った裕士にルカは、思ってもみない提案をしてきた。

「バイクかぁ。裕士くんのバイクって大きいやつ?」

「うん、250CCの中型。」

「わたしバイクの後ろって、乗ってみたかったんだ。」

 これって誘われてるのか?このチャンスを逃すな裕士。がんばれ、俺!

「あ、じゃあ今度、ドライブしようか!」

「え、良いの。うれしいな。」

「確か、裁判所に呼ばれるまでは、この赤切符で運転して良いって、白バイが言ってたから、近い内になら、まだ乗れるよ。ちゃんと、安全運転するからさ!」

「迷惑じゃない?」

「ぜんぜん。メットを二つ用意しとくよ。」

「じゃあ、明日は用事があるから、あさって図書館で会わない?」

「OK!」

 二人は携帯電話をくっつけて赤外線で、電話番号を交換した。席に戻ると、再び勉強をし始めた。金曜日の今日は特別に夜七時まで図書館は開館している。ルカは暗くなる前に帰ったが、帰り際にアイコンタクトで手を振った。まるで付き合ってるみたいだと、裕士は浮かれた。ルカに猛勉強をしている姿を見せたいという格好付けもあったかもしれないが勉強がとても捗って、気が付けば、二年分の過去問題を解き終えた。外に出ると、コオロギが鳴いていた。見上げた白色の街灯に目を細めた。一条の光となって照らし出された空間には無数の小さな虫たちが飛び交っていた。深呼吸をすると、深々とした草の匂いがして、五感を刺激された。この世は、なんて生命の煌きに満ち溢れているんだ。今まで余裕が無かったのか、こうして自然を感じたのは久し振りな気がした。裕士はとても幸せな気分だった。バイクのエンジンキーを回して、アクセルを二度ふかすと、軽やかに図書館を後にした。バイクを走らせながら感じた夜の風は、しっとりとした秋の潤いを含んでいた。十九歳の夏ももう終わる。迫り来る季節の変わり目は夏の熱気を素早く奪い、ひんやりとした肌寒さに、裕士は人恋しさを募らせた。

**************【次回へ続く】*********************

やっと原稿用紙、100枚を越えました。あとこの2倍書けば、終わりそうです。

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2009年5月10日 (日)

立て!鏡のような波頭の上に 36話 放課後の図書館のロビーで思い切って声をかけた

 104654・・・

 裕士は自分の受験票の番号と机に貼られた番号とを照合しながら席を探した。そして、その席を見つけた時に心の臓が止まるほどの稲妻が体を駆け抜けた。

 席の隣に座っていたのはルカだった。

裕士は声を掛けようかどうしようか、躊躇いながら席に座った。ルカは裕士の事を気付いていないのか、もしくは、気付いたとしても別にどうという事は無いのか、後ろの女友だちと昨日見たテレビの話をしていた。まあ、確かに、高校時代に面と向かって話、というか二言三言の会話をしたのが一回きりという間柄である。別に卒業後、町でばったりあったとしても、その再会を喜んで過去を懐かしむような二人のエピソードなど皆無に等しい。ただ、裕士が一方的にルカの事を気にしていただけである。

裕士が一人、どぎまぎしているのをよそに、試験は始まった。

試験は全く身が入らなかった。

試験の休み時間でも、裕士は「やあ、久しぶり」の挨拶すら声を掛ける事ができなかった。試験中のエピソードといえば、試験の最中、筆圧の強い裕士のシャーペンの芯が折れて飛んで、ルカの答案用紙の上に落ちた事と、「旗」のスペルがLかRどうしても判らず、気を取り直すために首を回したら、ルカの答案用紙に「flag」と書いてあるのが見えた事位だった。何でルカの用紙の上にシャーペンの芯が飛ぶんだよ、と裕士は自分の間抜けを呪ったが、視線は自分の答案用紙に向けたまま、意識は左脇のルカを気にしていたら、ルカはそのシャーペンの芯を手で払う事はせず、試験を解き続けていた。裕士は自分勝手に、その出来事をルカが少しは自分に気が有るんではないかとのすがるような妄想に耽っていた。そして、もうひとつ。以来、裕士は「flag」というスペルは、生涯忘れる事は無かった。

ルカに声すら掛ける事が出来なかった自分の不甲斐無さを裕士は心底後悔した。特に華やかなイベントもハプニングも無い、毎日が淡々とした冴えない浪人生活である。ルカが浪人していた、というだけで裕士にとっては一大事件である。あの日以来、図書館で、予備校で、駅で、電車で、ルカに出会わないかと、そわそわして過ごした。予備校では見かけないことから、きっとルカは他の予備校の生徒で、あの日だけ全国統一模試を受けに来たんだと、裕士は一人勝手に総括した。

試験の結果は、散々だった。相変わらず、慶応大学医学部はD判定。他の滑り止めの大学も軒並みD判定で、自分は来年もどこにも行けないんじゃないかと焦り始めた。若者特有の自負心であろう、自分の決めたラインの大学以外なら行く意味は無いと固く信じていた。二浪するか。その一方、出口の見えない浪人生活を早く終わらせたい、という疲れも出始めていた。決して勉強で疲れるのではない。そんなに勉強はしていない。環境に疲れただけである。体力も気力も充実した二十歳前後の貴重な時期を、大学に行くという勉強だけで一年も二年もやり過ごす事に意味はあるのだろうか。もっと他に大切な事、経験しなければならない事は幾らでもあるのではないだろうか。八月も残すところあと一週間。日によっては、秋の気配さえ感じられる季節になり始めていた。

予備校に午前中から行く事は皆無で、昼過ぎに漸く行くような日々が続いた。昼過ぎに行けば、大抵予備校の自習室は埋まっており、裕士は、それを見届けて、図書館に行く、それでも座れず、青少年会館に行く、という日々を過ごすようになっていた。

そんなある日。いつもの通り、予備校の自習室は満席で、放課後は図書館に行った。誰もが押し黙っていて、町の喧騒から取り残されたような静かな図書館の階段を登る。一段、一段、階段を登るごとに、二階の自習室の全景が見えてくる。人々の頭が見え、顔が見え、体が見えてくる。全階段を登ると、自習室の中央に座っているルカが見えた。

一番端の席が空いていたので、そこに座った。座って、参考書を取り出して、数学の問題を解いた。ルカを何度も盗み見たが、彼女は休むことなく、赤本を解き続けていた。凄い集中力だな、と感心し、オレも負けてはいられない、とやる気を掻きたてられた裕士は夢中で問題を解き続けた。

三時間経ち、自習室にオレンジの西日が差しかけた頃、ふと見やるとルカは席を立っていた。裕士は、ルカを探すように図書館の階段を降りていった。少し歩くと、図書館のロビーでルカが一人缶ジュースを飲んで座っていた。横を向いたルカは遠く窓の外に赤く映える富士山を見ているようだった。残照の富士も確かに綺麗だった。が、それ以上に、窓から差し込む夕陽を浴びて佇むルカが映画のワンシーンを見ているように美しかった。そしてその光景は、一瞬で消えてしまいそうに儚いものである事を裕士は刹那に理解した。

心臓が生涯感じた事の無い程激しく、動悸する。痛いくらいに鼓動が波打つ。裕士は、目を瞑った。一度予備校で見掛けて声を掛けられなかった日以来の後悔と、つまらない日常を思い出す。その日々を打ち破るように、目を開けると、「やあ、」と思い切って声を掛けた。

**************【次回へ続く】*********************

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2009年5月 8日 (金)

立て!鏡のような波頭の上に 35話 予備校の湿っぽい廊下であの娘を見つけた

 トラブルはあったが、どうにか全国統一模試の開始時間には間に合った。裕士は、予備校脇の歩道にバイクを停めると、予備校のロビーに入っていった。

 ロビーはいつに無く人でごった返している。正規の塾生のほかにも、他校の予備校生や自宅浪人生もこの日は試験を受けに来るからだ。試験の準備で直前まで教室に入れないため、沢山の生徒がロビーや廊下で待機しなければならなかった。群集の雑踏はわんわんと裕士の耳元で聞き取れもせず、反響した。裕士は、よろめきながら人波の中をかきわけ、壁づたいに歩いた。壁には、ミニテストの結果や、夏期講習の案内や、キャンパス見学会の情報など数多の紙が雑多に貼り出されている。廊下には、会話もせず、参考書や英単語帳にゾンビのように張り付いている生徒が大勢いた。この予備校の陰気臭い感じが堪らなく嫌だ。一方、階段の踊り場には、試験を諦めたのだろうか、パチンコの話に興じる一団がいた。毎朝予備校に来る事は来るが、自習室に鞄だけ置いて、夕方までパチンコに行って帰ってこない連中だ。傍目で見ても、彼らがそれなりの所に受かる気はしない。あっちで騒いでいる日に焼けた集団は、現役高校生だろうか。現役生は、この時期でも底抜けに明るい。部活も大詰めだし、文化祭だったり、体育祭も控え、溌剌としている。外に通じる非常階段では、既に二浪を越えた牢名主のような長老達が堂々と煙草を吸っていた。ここには、ストレートで大学に行った横山良幸や伊藤峻のような茶髪の生徒は少ない。もっさりとした黒髪の集団が、これまた湿っぽい陰気臭さを醸し出していた。自分もそんな一人である事は棚に上げ、裕士は軽蔑するようにそうした集団を傍観していた。ぐるりと一面を見渡すと、ある場所ではたと目が釘付けになった。

 予備校の湿っぽい廊下で、ルカを見つけた。

 ルカは、壁に貼られたキャンパス案内を見上げていた。その横顔は、高校の時のあの頃のままだった。ただ、あの時と違うのは、ルカがセーラー服ではなく、大人びた私服のスカート姿だった事だ。予備校の廊下で佇むルカの涼しげな姿は、例えるならば、魍魎達の蠢く地獄の底に咲いた一輪の白い花。裕士にはそう見えた。

「ルカは大学に行かなかったのか?それとも彼氏の付き人か?」

 真面目なルカが浪人する事を半信半疑に訝しがっていると、教室に入室できることを知らせるチャイムが鳴り、人波は一斉に洪水のように教室へ殺到し、裕士はルカを見失った。

**************【次回へ続く】*********************

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2009年5月 1日 (金)

立て!鏡のような波頭の上に 34話 お前無職か

 裕士は渋々免許証を取り出して、警官に渡す。警官は、裕士の顔を見もせず受け取ると、手元の赤い用紙に何やら書き始める。

「君の名前は?マエノヒロシ君?」

「前野裕士、マエノユウシです。」

「これでユウシって読むんだ。歳は?」

「十九です。」

「住まいは?」

「足柄下郡湯河原町土肥×丁目××××・・・」

「職業は?」

「浪人生です。」

「浪人?」

「ええ、大学受験の浪人中です。」

 警官は暫く考えると、

「あ~、無職ね。」

と、おもむろに言うと「無職」と用紙に書いた。書き終わると、一転丁寧な事務言葉になって、

「今回は四十キロの速度超過により免許停止処分になります。後日、葉書が行くので、そこに書いてある日時に、指定の簡易裁判所に来てください。今回は、免許証はこちらで預かります。その間、これが免許証代わりになります。これからは、スピードの出し過ぎに気を付けて下さいね。」

と言って、赤切符を裕士に渡すと、疾風のように去っていった。裕士はバイクに跨ると、法定速度きっかりに走り出した。しかし、ただ茫然自失に走るだけ。帆を失くした船のようにフラフラとうつろになった。

 オマエハ無職ダ

 オマエハ無職ダ

 オマエハ無職ナノダ!

 今まで自分は、今でこそ浪人生として燻ってはいるが、伏龍鳳雛たる医学部志望の予備校生で、将来は絶対に開業医としてのし上ってみせる、と自負していた。そのプライドが粉々に崩れた。何てことはない。自分は、人様から見れば、「無職」に他ならないのだ。

「無職」

 どこにも帰属していない。かと言って、自由、ではない。不自由な無職。心の底から楽しんで遊ぶ事さえできない翼のもぎ取られた浪人、無宿人、根無し草。ああ、俺は無職なのだ。という現実を第三者に突きつけられると、今まで固いと思っていた地面が、液体のように流動化するような不安定感を感じた。トラック、社用車、カップルを乗せた2シーターの車、行き交うどの対向車も実に見事に社会に帰属し、活き活きと活動している。一方自分は、生い茂った樹木から切り離された一片の葉。トラックは物を運び、料金所には何時でも集金人が居て、コンビニに入ると店員がレジを打ち、定食屋に入るとコックが鍋を振るう。遠くの沖合いに見える漁船では、その食材たる魚を漁師が捕り、魚市場に揚がり、またトラックで全国に運ばれていく。無職人たる自分は、そういった社会の生産活動とは無縁だ。そう思うと自分なんて、別に居なくても良い。

ソウ、オレハ無職ナノダ・・・

 真鶴道路は一般道たる国道135号線に繋がり、暫くは海岸線に並行する一本道となる。右手には青一面の相模湾が広がる。裕士のバイクは、力なくトボトボと、晴天の海岸道路を予備校のある小田原に進んで行った。今日は、全国一斉模擬テストの日である。

**************【次回へ続く】*********************

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2009年4月26日 (日)

立て!鏡のような波頭の上に 33話 警察に捕まる

 ――あの暗いトンネルの先の光り輝く未来には、何がボクを待ち受けているのか――

 まばゆい光に包まれ、視界は一瞬で真っ白になる。体が、外界の太陽の熱に包まれ温かい。徐々に、徐々に外の世界に慣れ、視力が景色を取り戻す。取り戻すと、光の出口の向こうで待ち構えていたものは・・・現実世界だった。バックミラーを見ると、白バイが張り付いていた。と、思うや否や、

「前の黒いバイク、黒いバイク、止まりなさい、止まりなさい」

裕士は、バイクを側道に止める。あ~、やっちまった。

「君、随分、飛ばしてたね~。急いでたの?四十キロオーバーだよ!はい、免許証出して~」

 四十キロオーバー?嗚呼、一発免停だ。

**************【次回へ続く】*********************

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2009年4月25日 (土)

立て!鏡のような波頭の上に 32話 トンネルはタイムマシーン

 トンネルに突入すると一瞬、目に覆いを掛けられた様に視力を失った。やがて、真暗な闇が徐々に回復し、光を取り戻す。オレンジ色のトンネルのライトが等間隔で後方に去っていく。街灯と道路が放射状に導く先には、一点の光暈が見える。暗闇からの出口の光は、輝ける未来のように手招きをしている。今からボクはあそこへ行くのだ。遠いあの光の向こうには何があるのだろう。エンジン音はトンネルの壁に反響して増幅し、吹き抜ける風とと共に裕士の耳を襲い、その聴力を奪う。一点の光暈に向かって、裕士のバイクは一直線に突き進む。無心でトンネルの光に向かう内に、裕士の記憶は過去へと遡行する。オレンジのライトが一つ、また一つと過ぎ行く度に、一季節、一年、五年、十年・・・と、裕士は時間の流れを遡る。トンネルはタイムマシーンだ。

――5歳の裕士は、父・桐谷裕幸の運転する車のバックシートに乗っていた。前列の席で父と母は楽しそうに会話をし、裕士は二人の話を聞きながら、窓の外のトンネルの光を見ていた。ハンドルを握り、前を向く父の顔は暗くて良く判らない。ふと、父が裕士に話をふった。

「ヒロシ、大きくなったら、何になりたいんだ?」

 裕士は、父、裕幸の名を一字取って、ヒロシと名づけられた。

「ボクは、大きくなったらウルトラマンになるんだ!」

 父と母は、大声で笑った。笑って、父は裕士に言った。

「頑張れば、ウルトラマンに成れるぞ。そのためには、いっぱい食べて、いっぱい寝て、大きくならないと。」

「うん、ボク、いっぱい食べて、いっぱい寝て、大きくなって、ウルトラマンになる!」

 母が言う。

「大きくなって、ママを助けてね。」

「うん、大丈夫、ボクがママを守るよ!」

――裕士は、この真っ暗な真鶴トンネルに来ると、ふいにあの一コマを思い出す事がある。トンネルの闇とオレンジの光がそれを思い出させるのだ。あの時も、同じ風景を見ていたから。

 それから、一年後、父と母は離婚をした。父、裕幸は親権を主張したが、母、真由美は裕士を離さなかった。父に捨てられた母と子だと、裕士は思っていた。父を恨み、「自分は、生まれて来なければ良かったのか」と思った事もあったが、母の愛情が、その思いを打ち消した。母は、人一倍働き、父親と母親の両方の役割を果たしてくれた。小学校の運動会では、ビデオ・カメラを大勢の父親たちの列に混じって撮ってくれた。我が子の雄姿を是非とも!と意気込むパパラッチのようなカメラマンの中で、ビデオ・カメラを回している女性は、裕士の母しかいなかった。男親たちに混じって揉みくちゃになりながらカメラを回す母の姿を見て、裕士は、絶対に母に迷惑を掛けてはいけない、と子供心に刻んだ。

 小学校高学年になって、「裕」という漢字に「ユウ」という読み方があるのを知った。裕士は、父が名付けた「ヒロシ」から「ユウシ」に自分の名前の読み方を変えた。それは、父親との訣別の強い意思だった。以来、父の写真も見ていない。だから、父の顔はもう忘れた。こうして、子供の時を思い返してみても、もう思い出せない。

―ダイジョウブ、僕ガママヲ守ルヨ

 金もコネも何も無い自分が世を渡っていくために、そのためにボクは医者になる。医者になって、お金を稼いで母に楽をさせてあげたい。だから、ボクは医学部にいかなくてはいけないのだ。裕士はアクセルを上げてバイクのスピードを上げ、トンネルの光の出口を破るように突き抜けた。

**************【次回へ続く】*********************

注:この小説はフィクション(嘘)です。実在の人物、団体、事件などには一切関係ありません。

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2009年4月21日 (火)

立て!鏡のような波頭の上に 31話 真鶴ブルーラインで風になる

 爽やかな陽気だ。時速六十キロで走る裕士の身体を、七月の穏やかな空気が優しく包む。アクセルを上げると、普段はなんとも感じない空気が抵抗となって裕士を迎えてくれる。その空気抵抗を、人は「風」と呼ぶらしい。湯河原の風は、ほんのりと潮気を含んでいる。眩しい日差しで火照った体を、ひんやりとした潮風がクールダウンしてくれる。潮気が強いとべとつくが、今日はからっと乾いた中に含まれた微量の潮気が、丁度良い按配だ。初夏の優しい緑の景色は一すじの直線となり、瞬く間に後方へ流れていく。普段は輪郭のぼやけた死んだような町が、こんな日は原色の鮮やかな力強さを取り戻す。くっきりとした町の風景は、躍動と明確な意思に満ち溢れている。大気中の粒子までがきらきらと輝いている。

 駅へ行くのは止めて、今日はこのまま小田原の予備校まで行ってしまおう。

 国道135号線に出た。ロードサイド店舗やマンションが立ち並ぶすかいらーく辺りの横幅の広い国道135線から真鶴トンネルまでの道程は、裕士のお気に入りのドライビング・ルートだ。国道から有料の真鶴道路に入ると、左手には国道135号線、右手には海面煌く太平洋と真鶴道道は併走する。高架となって吉浜海岸からせり上がった道路の右手には、無数の点として散在するサーファー達のセッションが展開する。大挙したサーファー達の点影は、遠い外国の海岸で戯れるオットセイの群れのようだ。裕士はこの光景が子供の頃から大好きだった。何度見ても海の表情は違い、一つとして同じ顔を見せる事はない「動」の景色。だから、飽きない。今日は本当に良い天気だ。それだけで人生は生きるに値する、ような気がする。あまりの絶景だが、よそ見は禁物だ。吉浜に差し掛かると、道は緩やかに右へカーブし、やがて山をくり貫いた真鶴トンネルに潜り込む。

**************【次回へ続く】*********************

注:この小説はフィクション(嘘)です。実在の人物、団体、事件などには一切関係ありません。

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