立て!鏡のような波頭の上に 49話 あの人いったい何時にここに来たんだろう~ふたりの世界
お金の無い十九歳の二人は、そのまま海辺で朝を迎えた。裕士にもたれかかるようにルカは眠っていた。波音も、風音も小鳥の囀りさえも聞こえない。ふたりの鼓動だけが聞こえる。ルカの寄せた肩と裕士の胸の接した部分が汗でべっとり湿っていた。俺たち生きているんだ、と裕士は思った。目が覚めると裕士は、折角ここまで来たんだから七里ヶ浜のレストランに行こう、と提案した。ベルギーの人気店が日本に初上陸したお店で、朝のスクランブルエッグが人気メニューだと、図書館の雑誌でついこの間読んだ事を思い出した。
バイクで移動した。江ノ島から七里ヶ浜までの海岸線に沿った沿岸道路は、気持ち良かった。からっとした抜けるような夏の陽気が暑かった。朝十時開店のお店に十時ぴったりに着いたが、既に長蛇の列。二階に有る入り口から1階の階段まで、二十人ほどの人が並んでいた。裕士とルカは階段の列に並ぶと、四角い吹き抜けの壁から見える目の前の海の風景を眺めていた。穏やかな波上を、戯れるように幾重ものロング・ボーダーたちがサーフィンをしているのが見えた。吹き抜けの建物の壁が額縁のようで、まるで絵画を見ているようだった。一時間してやっと、店内に通された。店内は満席だった。犬を連れている近所の人も居れば、県外から来たような観光客も居た。観光客はすぐ判った。服装が気合が入っているし、皆お決まりのように店の目の前に展開する陽光の海を思い思いに眺めていた。裕士は一人の女性に目が止まった。つばの大きな麦藁帽子を被り、顔の半分が隠れるような黒いサングラスをかけて一人でテラス席に座り、海を見ている。小洒落た店に輪をかけて、それ以上にお洒落な女優のような服を着て、自意識過剰に座っていた。でも、ちょっと待てよ。十時開店の店に十時に来た自分より先に店に入ったということは、長蛇の列の遙か前、午前九時にはもう店の入り口にスタンバっていたことになる。あそこまで気合の入ったお洒落をしてこの店に来ると言う事は、地元の人間ではない。―と、いう事は、前日に明日は鎌倉のあのお店にブレック・ファストを食べようと少なくとも午前七時には起きて、一時間程身支度をして、まあ少なくとも一時間は車を飛ばして、やってきたのだろう。否、一人で朝、鎌倉の海辺に来ているということは、傷心旅行で鎌倉プリンスホテルにでも泊って、朝一番で以前から雑誌でチェックしていたこのお店に来たのだろうか。いずれにしろ、センチメンタルに海を眺めるその女性は格好良かったが、その格好で朝一番に家を出てきた事を想像するとその気取りが間抜け過ぎて、裕士は笑いが止まらなかった。いや、だってあの格好で午前七時に出かけて来たんだぜ。粋な女性なら、アンニュイな日の暮れる夕方にぶらりと来て欲しい。
そんな意味の無い妄想を裕士は、ルカに話していた。ルカは取りとめも無く笑って、裕士の話に頷いた。話をしながら、裕士は自分達は、周りにどう映っているのだろうかと思案した。付き合っているカップルに見えるのだろうか。まだ距離のある友達に見えるのだろうか。辺りをぐるりと見回す。超行列の人気店にやっと入ったお客達は、みなお互いのおしゃべりに夢中だったり、外の優雅な景色に見惚れている。多分、誰も俺たちの事なんか気にしてやいない。俺たちは今、大勢の人に囲まれているけれど、俺たちの世界は二人の世界なんだと裕士は思った。今日、この日にここに居たという出来事は、君と僕の二人が記憶していなければ、他の誰もが知る由も無い。そう思うと寂しいし人間て儚いな、と裕士はルカに呟いた。人の夢と書いて儚い、はかない。あー人の夢は叶わないのか。俺の夢は・・・―わたし、ずっとおぼえているよ―ルカはそう答えると、裕士の目を見て笑って、アイスミルクティーをストローで吸った。
麦藁帽子の女優は、裕士たちが店に入ってから、一時間経過してから、店を出て行った。その間、アイスティー一杯で粘って、ずっと海の向こうを見て独り黄昏ていた。恋の疲れか、仕事の疲れか。いずれにしろ、それぞれの人にそれぞれの事情がある。
**************【次回へ続く】*********************
あー世間は抜けるような真夏日なのに、今日も仕事です。気分転換して小説を書きました。今日のインスピレーションはTiffanyの「ふたりの世界」。この時十六歳、初恋の人です。
注:この小説はフィクション(嘘)です。実在の人物、団体、事件などには一切関係ありません。


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