立て!鏡のような波頭の上に 41話 3 small words
翌日、裕士は朝九時から図書館に詰めた。途中、辺りを見渡すばかりで勉強には全く身が入らなかった。約束の11時になってもルカは来なかった。約束では、バイクで江ノ島に行くはずだった。裕士は、図書館の入り口に停めたバイクの上で、パンを齧りながらルカを待った。こんな日に限って空は空々しいほど素晴らしい天気で、その太陽の明るさが逆に裕士を空しくさせた。バイクに掛けた二つのヘルメットは風に吹かれたままで、やがて、そこには西日が差し、ついには図書館の木立の長い影に包まれた。図書館の閉館時間が来て、裕士は図書館を追い出された。バイクに跨ると、裕士はルカの家の前まで行ってみようと思った。
ルカの家に着いた頃には、空はもう薄い炭をこぼした様な暗さになっていた。マンション二階のルカの部屋にはオレンジ色の灯りが灯っていた。裕士は、道端の電信柱の脇にバイクを停めて、シートの上に腰掛けると、煙草を吸いながら、その灯りをじっと見つめた。煙草を三本吸ったところで、ルカの部屋の明かりが消えた。しばらくして、マンションの門から夕闇に包まれた女性の影が現れた。影はゆっくりとこちらに向かってくる。電信柱の下に来た時、斜に差す街灯の光で顔が見えた。ルカだった。ルカは、力なく下を向いたまま歩いていた。
「ルカ!」
裕士が声を掛けると、少女は顔を上げた。裕士を見ると、無防備に驚いたように顔を隠し、小さく三言呟いた。
「ナ・ン・デ?」
その言葉は、そこにいるはずでない裕士を激しく拒絶しているようだった。そこに居るべきでない、とも言っているようだった。
驚いたのは、裕士も同じだった。顔を見上げて目が合った時、長い前髪に隠されたルカの左目が赤く腫れているのを認識したからだ。
「ドウシタノ?」
裕士が聞くと、ルカは今度は力強く三言だけ投げ捨てて、走り去った。
「イヤダ!」
**************【次回へ続く】*********************
注:この小説はフィクション(嘘)です。実在の人物、団体、事件などには一切関係ありません。
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