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2009年2月

2009年2月25日 (水)

立て!鏡のような波頭の上に 16話 離婚

裕士が6歳の時に裕士の父と母は離婚した。裕士の父親は税理士を開業していた。仕事で忙しかったらしく、裕士は父親を家で見た記憶はほとんどない。父親は本当に仕事が忙しかったのだと思う。子供の目にも、父は馬車馬のようにあくせく働いていたと思う。当時は広い庭のある一軒家に住み、おもちゃも目一杯買ってもらっていた。しかしある時、仕事で忙しいと思っていた父親に別の家庭があることが判った。父は終電を逃し帰れなくなった日には、その人の家に帰っていたという。そこで、その人は子供を身篭った。その晩、幼い裕士が寝ぼけ眼で襖の向こうに見た、怒号を上げている父親が最後の父の記憶だった。平日に、家で父の姿を見たのは、それが唯一の記憶といってもいい。木曜日の夜だった。その日は、雨が降っていた。ばたん、と扉を叩きつけて父は出て行った。以来、父には会っていない。

裕士の母は、女手一つで裕士を育ててくれた。母はスナックや工場やら職を転々としたが34歳、裕士が10歳の時に、小料理屋を湯河原で始めた。これが地元のお客に贔屓にされ、それなりに繁盛した。父親の姿はほとんど記憶にないが、母の姿は、いつも働いている印象しかない。外行きの服で着飾っている母の姿しか知らない。そんな母は子供の裕士から見ても美しかったが、小さい頃の裕士は寂しさだけが友達だった。生活は貧しくはかったが、裕福でもなかった。しかし、母は裕士の教育と習い事には惜しみが無かった。裕士は小学生にして、月曜から日曜まで予定がぎっしり。水泳、習字、公文、剣道、ピアノと習い事のオンパレードのスーパー小学生だった。

高学年になると、サッカーとラグビーと学習塾が加わった。その延長で、裕士は私立中学を受験する。しかし、不合格により地元の市立の中学校へ行く。中学でも私立の高校受験をするが、あえなく失敗。またしても地元の県立高校へ進学する。その県立学校は一応地元ではトップの進学校であった。そこでも、裕士は部活のサッカーと学習塾と英会話に明け暮れる・・・はずであったが、それは世を忍ぶ仮の姿。裕士は受験勉強で覚えた深夜ラジオの影響で、バンド活動に燃えていた。母親が用意してくれた英会話教室も全く行かず、その授業料はそっくりそのままCDの購入代と、スタジオ費用に化けていた。それがたたって、大学受験も失敗。

しかし、裕士は父の慰謝料の事を知って変わった。最近判ったのだが、離婚した父親からは、それなりの額の毎月の仕送りがあったらしい。父は東京で、大きな税理士事務所として成功したらしい。しかし、母はその金を生活には一切使わず、裕士の教育のみに費やした。裕士は、医学部を目指す事に決めた。父と同じ税理士にはなりたくなかった。弁護士や法律を使う、税理士と同じような仕事もしたくない。父親が文系なら、自分は理系に進みたかった。そこで、手に職をつけて稼ぐには・・・医者が思い浮かんだ。働き通しで、財産は築いたが、家庭を壊した父。その後、子供と自分が生きるために働き通した母。裕士は、自分と親を引き離した「仕事」というものを憎んだ。そして、どうせ、働かなくては人は生きていけないのであれば、コネも財産も何も無い自分が世を渡っていく方法は、大学に行って医者になることだと信じた。母は、医大の授業料を払う分くらいは父親から貰っている、心配するな、と裕士を励ました。

教育に惜しみなく投資してくれた母に応えるには、そしてこれまでその期待に応えられなかった自分がこれから出来ることは・・・医者になることだと、裕士なりに思っていた。そして、朝から晩まで働き通しだった母に少しでも楽をさせてあげたい、とも思っていた。

**************【次回へ続く】*********************

注:この小説はフィクションです。実在の人物、団体、事件などには一切関係ありません。

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2009年2月23日 (月)

立て!鏡のような波頭の上に/14話 スケーターボーイ

宇治屋は中学の同級生だったが、中学の時より、裕士が高校に進学してからのほうがよく遊ぶようになった。宇治屋は、高校へは行かず、両親がオーケストラをやっていた関係で、音楽の専門学校に進んだ。宇治屋は、トランペットを専攻していた。トランペットで、バークレー音楽学院に進学するんだと息巻いていた。しかし、裕士の宇治屋への印象は、トランペットというよりも、スケートボードに乗っている方が強い。というより、宇治屋がトランペットを吹くところは1回しか見たことがなかった。宇治屋は毎日のようにスケートボードに乗っては、海岸線を、駅前周辺のロータリーを、もしくは真夜中の公園を走っていた。中学生の頃は小柄だった宇治屋だが、中学卒業後に身長がめきめき伸び、それと同時に宇治屋に自信が出て来たのであろう。ファッションも粋な宇治屋は女の娘にも当然もてた。宇治屋の横にはいつも女の娘が居たが、その娘たちの顔ぶれは会う度にいつも違っていた。宇治屋はそんな女の娘の友達を何かにつけては、裕士に紹介してきた。裕士も決して嫌いじゃなかったので、その紹介に応じたが、宇治屋セレクションの女の娘の好みには、進学校に通う真面目な裕士が適うことは少なかった。それでも宇治屋は何かにつけて、裕士に紹介してきた。まるで、宇治屋は彼なりに、裕士に恩でも売っているかのように。

進学校である裕士の高校にはいないタイプであった。家が近所ということもあって、宇治屋は夜、裕士の家にふらり、とよくやってきた。二人は夜の公園で犬の散歩をしながら、しゃべりあった。裕士は愛犬リッキーを連れて、宇治屋は夜の住宅街にガラゴロとスケボーのローラーの音を響かせながら。裕士は当時からそして今も、自分と宇治屋の関係をトム・ソーヤとハックルベリー・フィンみたいだな、と思っていた。二人は親友といってよかった。そう、あの日までは―

**************【次回へ続く】*********************

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2009年2月19日 (木)

「立て!鏡のような波頭の上に」第13話 そして僕は途方に暮れる

なんか、どっしりと背中に重さが圧し掛かったように疲れた。うつ伏せに寝るとその重さに押しつぶされそうだったから、裕士は、その重さを振り払うようにくるりと仰向けにベッドに寝そべり、両手を頭に組んで枕にし、天井を見上げた。天井のシミがとても汚いものに見えた。空調の、コーッという音だけが部屋には響いた。俺は何をやっているんだろう・・・泣きたい気分だったが、別に涙は出てこなかった。ただ、ただ、重く、疲れた。心臓をぎゅっと鷲掴みにされたような胸の痞えを取り払うために、時たま大きく溜息をついた。

何度目かの溜息の後、しばらく忘れていた中学時代のクラスメート宇治屋雅樹を思い出した。

**************【次回へ続く】*********************

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2009年2月17日 (火)

「立て!鏡のような波頭の上に」第12話 見慣れない服を着た君が今、出て行った

少女は一、二分、立ち尽くして少年をじっと見つめていた。少年は俯いたままベッドに片手をついて座っていた。やがて少女は、乱れた服を着なおすと、ドアを開けて出て行った。

外に出てもドアをすぐに閉めずに、少女はドアの外からじっと少年を見ていた。そして、

「・・・アリガトウ」

と、少女は言った。少年は、俯いていた頭をゆっくりともたげると、少女を見た。ドアの向こうに外行きの服を着て立っている少女をあらためて見ると、やっぱり綺麗な娘だな、と思った。そしてこの娘にこの先、幸せな良い事があればいいとも思った。ドアが閉まれば、少年と少女は何の関係も無い二人に戻る。少年は何か言いたかった。

「きっと、良い事あるさ。くさんなよ・・・」

少女は何も言わず、じっと少年を見ていた。裕士は思った。いまいち、伝ってないな、もっと何か言うか。

「あ、それに俺は大学生なんかじゃないよ、浪人生なんだ・・・。でも、俺も頑張るから、きみも頑張れよ。」

「アリガトウ」

少女は最後にそう言って、ドアを閉めた。

ばたんっ。

あー、終わった。少年は大きく息をついた。

**************【次回へ続く】*********************

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2009年2月15日 (日)

「立て!鏡のような波頭の上に」第十話 ナンデモスルカラ

ナンデモスルカラ

その言葉に、裕士は、ユイの心の奥の深い闇を感じた。が、それには触れず、ユイの差し出した手首の傷をそっとなぞった。ざらざらしていた。まるで、少女のざらついた心の傷が浮かび上がったかのように。

「ほんとうに死ぬつもりは無いんだろ・・・?」

ひっく、ひっくと泣きじゃくり、目を腕で拭きながら、ユイは答えた。

「・・・嫌な事が有った時にリスカをすると、すっとするの・・・」

「もうやめろよ、こんなこと。何の解決にもなんないぜ・・・」

「・・・」

少女は何も答えなかった。少女の嗚咽する姿を見守りながら、少年は、「少女が本当にリストカットをやめたら良いのにな」と思った。

**************【次回へ続く】*********************

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2009年2月14日 (土)

「立て!鏡のような波頭の上に」第九話 リストカット

裕士は確信を持って問い詰めた。

「財布、見せてくれよ・・・」

ユイは鞄の中をじっと見ていたが、しばらくして立ち上がった。立ち上がると、早口で、

「うん、いいよ。だけど、ちょっとお父さんから貰ったものがあって見せたくないものがあるから、整理だけさせてね」

とか何とか煙に巻いてトイレに駆け込もうとしたので、裕士はユイの腕を強く掴むと、ユイの目を射抜くように怒気を強めて、「今、見せてくれ」と言った。

ユイは観念したように、「うん・・・」と頷くとベッドに座り、布団の上に財布の中身を広げだした。何枚ものカードやら会員証やらを無造作に投げ出すと、顔を見上げて聞いてきた。

「ねえ、ほんとの事を言ったら怒らない?」

「ああ・・・」

と、裕士が答えると、最後に札束を放り投げた。数えはしなかったが、何枚もの壱万円札やら千円札が布団に、ひらひらとばら撒かれた。まるで舞を舞うようにゆっくりと目の前で落ちていくお札を見ながら、裕士の信じようとしていた「何か」も、ひらひらと零れ落ちた。

「俺の財布から金抜いただろ」

裕士は床に落ちたお札を拾って自分の財布に入れようとした。するとユイは豹変したように、顔を覆いベッドにうつ伏せると、

「ごめんなさい、ごめんなさい、だから殴らないで、殴らないで!」

と、わんわん、泣き出した。裕士はユイの背中を撫でながら、

「殴りなんかしないよ・・・」と、声を掛けると、

「私のお義父さんは、私が悪い事をするといつも殴ってきたから・・・、だから殴らないで、ごめんない、なんでもするから・・・ごめんなさい」と言って、左手を差し出してきた。

見ると手首には無数の切り傷が階段のように切り刻まれていた。リスト・カットの跡だった。

**************【次回へ続く】*********************

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2009年2月 5日 (木)

明日は散れども、全力で咲く!~九条武子

(恐らく誰も何の期待もしていないであろうが)宣言した小説も書けず、専ら、このブログは、私の備忘録と化してしまいました。

でも、いいんです。好きな事を自分のために書き留めているだけです。また良い言葉に出会ったので、自分への備忘として書き留めておきます。

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みずや君

 あすは散りなむ花だにも

  力のかぎりひと時を咲く

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見てごらん君、明日には散ってしまうあの花でさえ、全力をかけて、今この時を咲いているではないか。

Photo 大正三美人と称された九条武子(1887-1928)の短歌です。

・・・手前味噌ですけど、わたくしも以前真意を同じくする詩を書いています。景気が悪いとか、社会が悪いとかうんぬん言う前に、全力で走れ(自分に言っています)!

41歳でこの世を去った九条武子の最後の言葉は、

「また来ます」

であったという。

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