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2008年11月

2008年11月26日 (水)

「立て!鏡のような波頭の上に」第一話

 気がつくと蝉の鳴く季節になっていた。駅の裏山に覆いかぶさるように緑一色に茂った木々からは、絶え間無く、本当に絶え間無く蝉の鳴き声が聞こえてくる。裕士は、英語の教科書から覇気無く目を上げ、駅構内を見回す。ベビーカーに子供を載せて、ゆっくりと歩く若夫婦のキャンパス・バッグからは、シャベルと浮き輪がはみ出している。サーフ・ボードを縦に抱えて、裕士と年端の変わらぬであろう男たちが、次々と電車から降りてくる。ピンクや黄色の原色の薄いシャツに、ホット・パンツから健康的な足をこれ見よがしに伸ばしている娘たちの足指の爪先には、凸凹としたネイル・アートが施されている。みな海へ行くのだ。ここ湯河原駅は、夏真っ盛りである。

 銀色の車体に橙と緑の線の入った登り電車が駅に入って来た。裕士は電車に乗り込むと、横一列のベンチシートに座った。あと一時間後に予備校の小テストを控えている裕士は、太股の上に鞄を置き、その上にテキストを広げた。その上に覆い被さるように目を落とすと、兎にも角にも詰め込めとばかりに、重要構文と英単語をぶつぶつと呟きはじめた。しかし、すぐに、気が散った。隣に誰かが座ったと思うや否や、下に目を落とした裕士の視界の脇に、ぱっ、と眩いばかりの女性の太股が飛び込んできたからだ。ふーっ、と大きく一息付き、裕士が負けじとテキストに向かおうとする。が、集中なんてできやしなかった。甘い香水の匂いがふんわりと裕士の鼻を襲撃し、次いで、ぴーちく、ぱーちく、女性たちが喧しく話し始めたのだ。

「さて、この前ユカがデートした彼氏の話を聞かせてもらいましょーか。で、その後どうしたの?」

「それがさあ、彼凄いお金持ちで、車は何かわからないけど、外車に載っててさあ。左ハンドルって外車だよねー?大学は慶応で、お父さんは医者で・・・(中省略)・・・で、多分凄く高いお店だったと思うんだけど、彼みんな出してくれてさー。」

「うわーっ、それって当りだよねぇ!ね、合コンしよ!合コン!」

聴く気が無くても、裕士の左耳を強引に分け入って、二人の女性の話は耳に入って来た。非常に程度は低いと思われるが、右の会話は、本当にそう電車の中で女性が話していたのである。二十歳前後の女性特有の町中でのあの大声でのしゃべくりは、実は周囲にも聞いてもらいたい自己顕示欲なのだろうか?

しかし、低レベルと思っても、今の裕士は非常に打ちのめされたのである。なぜなら裕士の第一志望は、慶応大学の医学部だったから。そして、その話をしていた二人組みの女の子がグラビアから出てきたモデルのように煌びやかで綺麗だったから。

「絶対、慶応に行ってやる!」

非常に動機は不純だが、二十歳前の男の衝動なんてそんなモノである。

そんな大いなる野望を抱いた裕士を載せて、東海道線の電車は予備校のある小田原駅に着いた。

テストの結果?推して知るべし。裕士は大きな溜息を付くばかりであった。あぁ、慶応医学部は夢のまた夢だと・・・

**************【次回へ続く】*********************

【突然思い立った。5日間で原稿用紙40枚書くぞー、書けるのか?あと37枚】

注:この小説はフィクションです。実在の人物、団体、事件などには一切関係ありません。

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2008年11月25日 (火)

「陽炎の向こう」第6話

議会報告の記事は専門的過ぎて読む気にならなかったが、市議会議員には恐らく欠かせないであろう地域活動行事を山縣は楽しんで、アットホームに楽しんでいる様子が偲ばれた。そして、山縣のブログのコメント欄には、地元の友人たち、もしくは選挙区の支援者と思しき人物から、山縣に対する良いコメントも、悪いコメントも、しかしどれもが皆熱心に書き込まれていた。議会活動の他には、毎日どういう風に過ごしたか、という事が山縣の撮った写真と共に報告されていた。学校の校庭の写真、山々の向こうに日が暮れていく稜線の写真、小川で魚を取る写真、JC活動で、商工会議所で夜に会員達と酒盛りをする写真など。家族と一緒に田んぼの風景の中で稲刈りをする山縣の穏やかな顔を見ていると、東京の大学でリーダー足ろうと奮闘していた山縣の眉間の険しい皺は、彼も彼なりに東京で気張っていたんだな、と勝手に彼に同情した。

私は食い入るように、山縣のブログの記事を遡っていった。山縣は、市議会議員に当選して一ヶ月との事だった。そういえば、一ヶ月前に、統一地方選挙が行われていて、私の住む湘南藤崎市でも、仲間の税理士が選挙に立候補して落選していたな、と思い出した。ああ、そういえば、私は選挙というものに一度も行ったことが無い。

選挙といえば、私の大学生の時、ゼミの谷先輩が国会議員になって、ゼミの新堂教授が谷先輩を折に触れて自慢の生徒だと持ち上げていたな、という事も思い出した。新堂教授はもう一人、当時流行のIT社長として起業し、グループ会社を八つも立ち上げた紀藤先輩も持ち上げていた。谷先輩は、勉強が出来た優秀な生徒が予想通り出世した例として。紀藤先輩は、落ちこぼれ生徒が、予想に反して実社会で成功した例として。私が大学四年の時のゼミの忘年会に、谷先輩と紀藤先輩が揃って出席した。いつも気難しい新堂教授が、その日はいつに無くご満悦で立てないほど酔っ払って、私と山縣が教授を挟んで抱えながら、東京駅のホームを登った事を覚えている。新堂教授は、左脇の山縣に向かって、「これからは君たちの世代がこの国を背負っていくんです。先日の谷君の国会での質疑応答のテレビ中継を見たかい?時の首相を相手に、実に理路整然と堂々たる雄姿だった。君たちには、天下国家を論じてもらいたい」と言い、右脇の私に向かって、「学校の勉強ができるできないは実社会では問題じゃないんです。紀藤君の論文なんてひどかった。それが今じゃ、千人の従業員の社長さんですよ」と、言った。歯に衣着せぬ発言で敵の多い新堂教授は、大学では主流派では無かったが、学部初の博士をゼミから誕生させるほどの腕は確かであり、その教授の見抜く人物評は確かに当たっていた。谷先輩には全く自分を重ねる事ができなかった、そしてこの年末に卒業論文を一ページも書いていなかった私は、紀藤先輩のハングリーな成り上がり精神に共鳴していた。政治家になることを公言していた山縣には当然、新堂教授は谷先輩を重ねていた。しかし、政治家を目指していた割に、山縣自身から谷先輩の話題を耳にする事はなかったが、今にして思えば、逆に国会議員の先輩の名を口に出さないことが却って、胸に秘めて意識していたのだ、という気がした。バブル経済が崩壊し、『就職氷河期』が流行語大賞に選ばれたその年、私たちは無防備に社会に放り出されていった。それまでのゼミの卒業生たちのように名の知れた企業に就職出来た者は稀で、大半が聞いたことも無い会社に就職していった。マスコミ希望だった私は、進路を変更しどうにか小さな商社に就職した。いや、就職できただけ良かった。中には、敢えて卒業せず大学に残る者、海外に留学やワーキングホリデーや放浪の旅に出る者、資格試験を目指す者、はたまた、就職できずに故郷に帰る者なども大勢いた。山縣は大学院の政治研究科に進学した。

そんな事を思い出しながら、山縣がブログを始めた最初の記事に辿り着いた時に、急に携帯電話の画面が切り替わり、妻の名前が表示された。駅のロータリーに着いた、との事だった。私は勢い良く、ぱたんと二つ折りの携帯電話を閉じて、改札への階段をゆっくり降りていった。人気の無い新幹線の改札から出て、在来線の改札に入ると、通勤帰りの人で通路はごった返していた。いきなり日常の忙しない現実に引きずり戻された気がした。すすけた通路の窓から空を見上げると、月は鰯のような雲に隠れて、その姿はもう見えなかった。

*****************【次回へ続く】*****************

注:この小説はフィクションです。実在の人物、団体、事件などには一切関係ありません。

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2008年11月24日 (月)

coffee break~Had A Bad Day

仕事の息抜きの一つは、通勤途上のipod。疲れていたせいか、気持ちが重なりほろりと泣いたミュージック・ビデオが、Daniel Powterの「Bad Day」

―Daniel Powter氏は、1971年生まれ(何が言いたいかというと私と同世代♪)のハスキーボイスのピアノマン。カナダ出身。デビューしたのは34歳ですから、この辺りの苦労人振りも私好み♪。31歳でデビューしたSheryl Crow や、 27歳でデビューしたが売れたのは31歳というCyndi Lauperと何か通じるところがあるような気がする。Danielは、デビュー前はバンクーバーのクラブで弾き語りをしていたそうです。

日本でも大ヒットした「Bad Day」。多くの方がご存知でしょう。私もCDを持っていますが、MTVがこういう作りだとは最近知りました。

*****************************

ある町で働く、二人の男女。お互い見ず知らず。二人とも、仕事は大変、プライベートはひとりぼっち、と冴えない日々。ある日、彼女が地下鉄の広告に涙、涙の落書きをする。それを見た男が書いたモノは―私、ここで涙です。

個人的にですが、以前行ったバンクーバーの町並と、バンクーバーに留学していたあの娘を思い出しました。あぁ懐かしい・・・

Daniel Powterの3年振り2枚目の最新アルバム「Under the Radar」が絶賛発売中ですね♪

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2008年11月21日 (金)

相続税業務の優れモノ道具♪

弊社では、相続業務の距離測定として「レーザー距離計 Leica DISTO A5」を導入しました♪

早速、レーザーを対象物に当ててみると・・・これがまあ、当然ですが正確です!

計るのが楽しくて、何度も試してみました。

レーザーを前方の対象物に照射して、ピッ、ピッ。

「8m87♪」

今まで巻尺で、時には人海戦術で茂みを分け入りながら計っていた労力が嘘のようです。

色々調べてみましたが、TKCサプライのキャンペーンがお得な付属商品をつけてくれて、なお安かったです。

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2008年11月12日 (水)

誰の目も届かない船底での作業をサボらない男を彼は信じる―プロフェッショナル

最終電車で帰宅した午前1時。ふとTVをつけて画面に釘付けになった。

一目見た瞬間に判った。

Window「この男は本物だ!」

その男とは・・・水産加工船ファクトリーマネージャー・吉田憲一氏

番組はNHK「プロフェッショナル 仕事の流儀

********以下「日経ビジネスオンライン」より転載*********

 アメリカの水産業界でその名を轟かすスゴ腕の日本人がいる。全長115メートルという世界最大級の水産加工船を率い、「低気圧の墓場」と呼ばれる冬のベーリング海を舞台に、高品質の水産加工品を24時間フル稼働で生産し続けるファクトリーマネージャー(工場長)・吉田憲一(52)。
 
 この船の作業員は、120人、殆どはフィリピン人やメキシコ人だ。かつては定職に就かず、その日暮らしだった者も少なくない。2ヶ月に及ぶ長い航海の間、彼らのモチベーションを高め、高い作業の質を保つことで、高品質な製品を作らせる。航海ごとの契約で人の移り変わりが激しいこの世界にあって吉田の船では、その7割が契約を繰り返す。吉田は、かつて船内での作業中、左腕を失うという壮絶な事故に見舞われた。そのどん底からはい上がった経験が、吉田を真のリーダーへと成長させた。

**********************************************

極寒の海で、国籍も様々な120人のクルーを率いる日本人リーダー。そのクルーは一癖も二癖もあるつわもの達。そのリーダーは、身体にハンデキャップを背負っている。(吉田さんご本人はこの障害に同情される事を何よりも嫌っているそうですが、その壮絶な事故から這い上がった姿勢には本当に敬服致します。)

◆吉田氏は、クルーの面接を一人2分で終わらす。何を見ているかというと、「目」。

おどおどしていないか。嘘はついていないか。誠実か。

「ダメな奴はダメ」と切り捨てる。その替わりに―

「現在の技量が問題なのではない。
人間性がしっかりしていれば、
その人は必ず伸びる
。」

◆吉田氏がクルーを評価するのは、「能力」ではなく、「経験」ではなく、「姿勢」。

人が見ている所だけで働く男は信じない。誰の目も届かない船底でこそ、黙々と働く若者を彼は取り立てる。

◆全ては教えない

高品質で知られる吉田氏の加工船で作られる製品、なかでもタラコは、世界有数のシアトルの市場で、9年連続で最高値を記録するほどの品質を誇る。

彼は、作業員に対してこと細かな指導はしない。たとえば、タラコのラインでは、選別が甘いものだけを無言で突き返すだけ。吉田氏は言う。「問題を出す、彼らが考える。彼らが何らかの答えを出す。それが間違ってたら言いますけど。考えさせなきゃダメ。全部言ってもダメ」。

◆自分の力を出し切るのが仕事

クルーは皆吉田氏を尊敬している。その証拠に、人の移り変わりが激しい業界で航海ごとの都度契約にもかかわらず、毎回7割の船員が契約を更新する。

「プロフェッショナルとは?」こう問われて、彼は言う。

「(目の前の)結果に責任を持つために精一杯努力する。
その結果に対して、本当の喜びと悔しさ、
これが分かる人
だと思います。」

吉田憲一氏の加工船。彼以外皆外国人。しかし、吉田氏は多くを語らず、自らの仕事振りでクルーに仕事への姿勢を無言で見せ付ける。

*********************************

忘れないように、自分へのメモとして今日の記事を書き残しましたdiamond

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2008年11月11日 (火)

“黒字の会社を”“事業承継する”セミナー開催します!来たれ!

テーマは2つ!「黒字化」&「事業承継税制」です。

弊事務所の関与先、取引先は勿論、当ホームページをご覧になった方でご興味のある方も大歓迎です。

私が講師を務めさせていただいた「創業塾」の塾生様も大歓迎です!先週末の打ち上げでは、このブログをご覧になっているとのお声を多く頂き、ありがたい限りです。創業塾は今度の土曜で終わりますが、「黒字化」の話は、創業塾塾生の皆様にもぜひ聞いて頂きたい内容ですsign03

沢山のご応募お待ちしていますsign03

↓貼り付けたら、形式崩れちゃいました。きちんとしたPDFはコチラ→「20081217.pdf」をダウンロード です。

<TKC経営革新セミナー>

貴社の永続的繁栄のための

経営承継サクセスプラン2008

-開催のご案内-

●研修テーマ「黒字の会社」を「事業承継する!」

企業を取り巻く環境が日々激しく変化する今日において、日本経済の活力の源泉である中小企業の永続的な発展は、「黒字経営の継続」と「円滑な経営承継」なくしてはあり得ません。

今般、『貴社の永続的繁栄のための経営承継サクセスプラン2008』をテーマとし、下記の通り「TKC経営革新セミナー」を開催させていただくこととなりました。中小企業経営者の皆様には、是非ご出席をいただき、黒字経営を継続し、自社の存続・発展や円滑な経営承継を実現するためのヒントを得ていただきたく、ご案内申し上げます。2部構成でのセミナーとなります。興味がある講義だけの出席もOKです!

2008年12月17日(水) 

              於:茅ヶ崎市コミュニティホール (AB会議室)

           主   催 小山税務会計事務所:共 催 TKC神奈川会県南支部

<1> 13:00~13:10   オープニング

 ●第一部「円滑な事業承継」

<2> 13:10~13:50

   テーマ:「貴社の永続的繁栄のための経営承継サクセスプラン2008」

    講  師:小山税務会計事務所 所長 税理士 小山善光

<3> 13:50~14:30

  DVD:「わたしの会社は誰が継いでくれるのか?ある会社の経営承継ストーリー」

<4> 14:30~14:40 休憩

<5> 14:40~15:20 「新しい事業承継税制とは」

講師 中村会計事務所所長 中村税理士 

第二部「会社を黒字化体質にする!」

<6> 15:30~16:20

 「意思決定はここから始まる!経営者のためのFX2活用法」

<7> 16:20~16:55 「黒字の会社をつくる8つのステップ」

   講師 小山税務会計事務所 ファイナンシャルプランナーAFP 田中義夫

<8> 16:55~17:00 「閉会の挨拶

 企業経営者及び経営幹部の方

参 加 定 員  40名(申込先着順)

        費  3,000円(税込み)

参加申込み要領  参加申込書にご記入の上、小山税務会計事務所(担当:蜂谷)

                FAX 0466-29-5364)までお申込ください

      切  平成20年11月14日(金)

お問い合わせ   小山税務会計事務所(担当:蜂谷 田中)

          藤沢市藤沢89-1 メイキビル402号室

                TEL:0466-29-5365

図  JR 茅ヶ崎駅下車・北口徒歩5分/茅ヶ崎市役所に駐車場有り

                  

        茅ヶ崎市茅ヶ崎一丁目1番1号 TEL0467-82-1111

   

TKC経営革新セミナー参加申込書

このページにご記入の上、このペ―ジのみファックスして下さい)

 貴社名                                   

 受講者

 

     所 属 ・ 役 職  

      氏     名

通信欄

送付先 小山税務会計事務所  FAX 0466-29-5364

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2008年11月 7日 (金)

藤沢・鎌倉・横須賀三支部合同研修会開催にあたって

約2年おきに開催される恒例の3支部合同研修会(藤沢支部・鎌倉支部・横須賀支部)が平成20年の秋に行われる事となった。 

平成15年 藤沢会場 

平成17年 横須賀会場

と、行われてきたので、平成20年は鎌倉が会場である。鎌倉支部の業務研究部長を中心に、横須賀の学術研究部長と3人で20年の黄金週間あたりから4度会合を持った。その間にも連絡はメールやファックスで密に取り合った。鎌倉で研修が出来る場所は自ずと限られてくる。まずは会場を押さえようということで、予算、日程、会場の都合等を考慮し、11月1日土曜レイウェル鎌倉で、と決まった。あとは、講師を決めるのだが、これは、当支部の吉田政明先生の個人的パイプのある森下治税理士と決まった。森下税理士は多数の著作もある。

 会場と講師が比較的早く決まったので、あとはすんなりと話は進んだ。事前の準備にあたり苦労したことも取り立ててない。

 ただ、レジュメを用意するに当たり、参加人数を読むのに苦慮した。三支部の全員が来ると500人近くになる。それだと予算をオーバーしてしまう。結局は、事前に出欠アンケートを取り、印刷枚数を実際の参加人数に極力近づけようということになった。

 藤沢支部で事前アンケートを取ると、35人が参加の表明をしてくれた。会員の皆様、ご協力頂き有難うございました。実際の藤沢支部の参加者は34名。ピッタリである!

 会員の皆様のお手を煩わせる事にはなるが、皆様の温かいご理解とご協力により無駄な印刷枚数を省け、予算も無駄なく、環境にも優しく、我ながら、この方法はナイスだと思った。

 11月1日本番は、三連休の初日にも拘らず、藤沢支部34名、横須賀支部28名、鎌倉支部36名の計98名が集まった。400名の会場だったので、閑散とした印象を持ったが、実際は100名近くの会員の皆様が集まってくれたのである。

 三連休を返上して来てくれた今日の会員は本当にまじめな先生達だ!という事で、森下講師も講義に熱が入ったようでした。

 研修終了後は、吉澤支部長を筆頭に、副支部長2名と当日雑務を手伝ってくれた研修部員と3支部の懇親会に参加した。3支部合同研修会は、ただ研修を行うだけではなく、こうした近隣支部との親睦・情報交換の場という貴重な役割も担っている。

 私個人的には、研修講義以外にも森下講師に非常にためになるお話を頂いた。こうしたオフレコの話を聞けるのも、役得というか、研修終了後の飲み会の醍醐味である。

 また、横須賀支部、鎌倉支部の担当の先生とは支部を超えて、個人的に非常に近くなった。打ち上げでは、何か学園祭が終わるような一抹の寂しささえ感じられた。だって、今日この日のために我々は春から準備してきたのだから。

「また近いうちに我々だけで打ち上げしましょう」

そう言って、別れた。 

次回、2年後の幹事支部は藤沢である。今回、私なりに3支部合同研修会の歴史が判るファイルを作成して次の研修部に引き継げるようにした。次はどんな研修が行われるのか。楽しみである。

藤沢支部研修部副部長 小山善光

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2008年11月 6日 (木)

「陽炎のむこう」第一話

漆黒の空が全ての大地を覆い隠し、地上では人々の灯す明かりが祈るように瞬き始める頃、私は長期出張から帰り、新横浜駅に降り立った。平日の新幹線のプラットホームは人影も

(

まば

)

、ひんやりとした肌寒さを感じるのは、秋の気配が近づいているせいだけでは無かった。駅に降り立ったのは、スーツ姿のビジネスマンが数人大きな風呂敷を担いだ老婆が一人、旅行帰りであろう一組の家族、大学生らしき私服の若者が数人、そして一組の恋人であろう男女一目で数えられる程度の閑散であった。その寂寥に反比例して白々しいほど、駅構内の蛍光灯は明るかった。否、このゴミ一つ落ちていない綺麗で、広々とした近未来的な駅の空間に、機械的な冷たさと茫漠とした空しさを感じてしまうのは私の心が歪んでいるからであろう私は

(

ひど

)

く疲れていた。私は携帯電話を取り出すと、妻に到着した旨のメールを送った。直ぐに妻から返信メールが届いたが、渋滞で三十分ほど遅れるとの事だった。いつも時間にはきっちりしている妻が遅れるという事は、余程渋滞しているのであろう。あるいは、どこかの事故の渋滞にでも巻き込まれたのかもしれない。

 そんなやり取りをしている内に、ふと気付くと、構内には私一人だけになってしまった。そして私一人だけのために、駅のアナウンスがやはり機械的に、白線の内側までお下がり下さい、と何度も何度も繰り返し案内していた。私はちゃんと白線の内側にいるのに。否、この白線の外側へは、永遠に飛び出せないのかもしれないのに。 

 

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2008年11月 5日 (水)

精一杯 存在の証明!「ブログで走れ!第二章」

昨日は当ブログ史上2番目のアクセス数でした(一番目はこちら)。ありがとうございます。
染谷俊さんともう一つ私が元気付けに聞いていたのが、「BUMP OF CHICKEN」。
5年以上前の曲ですが、「天体観測」と「sailing day」を聞くと、俄然やる気が出てきます!溢れる疾走感が堪りません!
******* 『sailing day』作詞作曲:藤原基央、2003年 ******* 
 
「どうにかまだ 僕は僕を 辞めないで生きている
 たった一度 笑えるなら 何度でも 泣いたっていいや

 精一杯 運命に抵抗
 正解・不正解の判断
 自分だけに許された権利

 sailing day 舵を取れ
 夜明けを待たないで 帆を張った 愚かなドリーマー」

「たった一つ 掴む為に 幾つでも 失うんだ

 精一杯 存在の証明
 過ちも 間違いも 自分だけに価値のある財宝」

「誰もが皆 それぞれの船を出す
 それぞれの見た 眩しさが 灯台なんだ

「たった一秒 生きる為に
 いつだって 命懸け 当たり前だ

 精一杯 存在の証明
 敗北も 後悔も 自分だけに意味のある財宝」

***********************

大ヒットし、多くの方がご存知でしょうが、改めて見てもいい歌詞ですね。

私の見た眩しさ。―恥ずかしながら、それを奮い立たせるために、当ブログ第二章を始めます。好きな事をやるのが一番ですよね!

以前から、いくつか小説を書き始めていたのですが、今までで完成したのはたったの短編小説1作・・・。アイデアは、いくつかあるのですが、日々の忙しさに流されて一向に完成しません。

2007年9月から2008年9月まで、税理士事務所経営者として、書きたい事を一年間で書き続けました。結構楽しかったです。

このブログという手法を使えば、怠け者の私でも何とか小説を完成させる事が出来るのではないか、というすがる様な気持ちで、ブログで小説を書いてみます。

始めは匿名で、このブログとは別サイトで、云々・・・と思ったのですが・・・

・・・面倒臭い!

このブログも見よう見まねでやっとこさ設定したので、今更一からやり直すのは・・・私には出来ません。

実名でやる以上、敵は、「如何にカッコつけずに、自分の醜さをさらけ出せるか」

尾崎豊の墓には次のように刻まれている。

「生きること、それは日々を告白してゆくことだろう」

あ~あ、恥ずかしげも無く始めちゃった。でも、こーでもして尻を引っぱたかないと走らんのですわ、この駄馬は・・・

小説の題は「陽炎の向こう」。「ブログ」をテーマに書いてみます。それでは、はじまり、はじまり。

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2008年11月 4日 (火)

生きる事なんかどうでも良かった

今日は小室哲哉が逮捕された。彼の音楽やライフ・スタイル(浪費じゃなくて音楽への探究心ね♪)が好きで、少なからず彼に憧れていた身としては、才能が私利私欲に潰された事に大変残念です。以前、私が惚れ込んだ「漢たち」と題して書いた記事で小室哲哉容疑者(こー書くの悲しい)を取り上げました。彼の才能に憧れる私の気持ちは今でも変わりません。でも、彼が犯した罪で被害者がいる訳でそれについては、きっちり罪を償って欲しいと思います。(これだから存命中の人物を評価するのは難しいですよね。でも、私はやっぱり小室哲哉さんの才能が好きなのです。)

以前からUPしようとしていた今日の記事は、そんな一時代の寵児となった小室氏とは正反対の人物です。以前、40歳で紅白初出場した馬場俊英さんを取り上げました。今日ご紹介するその人もちょうど今40歳ですが、いまだ日の目を浴びていません。しかし、私は彼の才能溢れるソングライティングと歌声が大好きです。先月は仕事が立て込んで非常に忙しく疲れていたので、彼の歌を聴いて元気を貰っていました。

その人の名は、染谷俊。公式ホームページでインタビューも見れますが、現在40歳なのに若い!というより、少年のような40歳ですね!馬場さんは、不遇でも人柄の良さが滲み出ていて、恨み節のような暗さが歌には出ていません。染谷さんは、不遇でもそれに負けずに頑張っていこうというスピリッツが歌に溢れています。私は彼の曲作りの才能には本当に脱帽です。でも、何故彼が売れなかったのか?それは1992年に他界した尾崎豊にその歌声やイメージや作り出す世界が余りにも似すぎていたことではないかと私は思います。染谷さんは染谷さんのオリジナリティなのにね。

尾崎豊や馬場俊英さんが好きな方ならきっとはまると思います。下記の三曲がお勧めです。廃盤になっているようですが、iTunesからならまだダウンロードできるので、ぜひお早めにご入手を!下記全曲・作詞・作曲by染谷俊

*****PURE -現実に殺されないで-(1994年)*****

「夜をはおったジャケット

 身動きさえとれなくて しゃがんだブーツ」

「本当は僕に 何ができるだろう

 胸の奥に 焼き付いてたガラスの夜

 負けないで 心だけ痛めてないで

 決して負けないで 現実に殺されないで

 つきぬけたい」

「君は誰よりも 頑張れるから

 グシャグシャに泣いたって 誰も笑わない

 うまくいくさ 君が願い続けるなら

 きっとうまくいくさ きっかけはすぐそばにあるから」

「生きる事なんか どうでもよかった

 生きる勇気 泣きながらさがしていた」

「負けないで 窮屈な時間に流されないで

 決して負けないで・・・」

*******愛にあいたかった(1993年)******

「徹夜続きでフラフラと 夜型不眠症5月病

 ときめきが僕を眠らせない」

「最終電車を横目で見て 僕らは銀河へ羽を拡げた

 誰かが突然駆け出せば 夢中で追いかけた」

「街中の呼吸に合わなくて

 でも僕の鼓動は間違いじゃない」

*******落書(1994)********

「星を眺めて歩いた夜 少しだけ幸せになれた

アスファルトのリズムが好きで

 スクランブルの歌が好きで

いつだってこの町の中を 一晩中うまく泳いだ

眠るのが下手くそな僕は

 不器用に夢を見てたんだ

この夜を抜け出したくて シグナルを振り切った」

**********************

染谷俊さん、ブログやっています。結構頻繁に更新しています。熱いです。私のブログに共感して頂ける方なら、気付くはずです。小山(私)のブログとベクトル一緒じゃん、って。やっぱり私は坂道を昇っている人が好きなのです。

最後に、芸は身を助く。染谷さんは売れなくてインディーズにいってしまいましたが、歌のほかに、ピアノ・ソロだけでもCDを出す腕前。ピアニストとして、以前は矢沢永吉氏のツアー・サポート・メンバー。現在は、元EXILEのボーカル清木場俊介氏のピアノ・ツアー・サポートメンバーとしてツアーに出る、と言う事が先の染谷さんの10/28のブログに書いてありました。

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2008年11月 3日 (月)

円高で日本の残業を少なくする!

怒涛の10月が終わり、三連休もありがたくお仕事させてもらっています!(仕事がある事に感謝!)明日からは漸く一息つき、体を癒しに旅行に行ってきます。

ブログを小休止している間に、日本の経済は激変しました。中小企業を取り巻く金融市場の危機感が10/16に「借りたカネは返すな!&銀行交渉術」 という記事を私に書かせました。

そして、その間、円高が進み、10月26日には1ドル92円台に突入しました。本日現在では98円です。私は以前、「円高で日本を強くする」という記事を書きました。円高歓迎派の私の期待通りになったのです。

しかし、円高になり、輸出産業は1ドル円相場が上がるだけで400億円損失を出す企業もあるそうです。日本の株価も下がり、いいこと無し?・・・とは私は思いません。以下、与太話と思って下さい。時間も無く、論文でも無いので、資料を調べる余裕もありませんでした。ただ、日本の経済を案ずる一国民としての肌で感じる感覚だけで書きます。

日本の社会構造が円安で儲かる体質になっていただけの事です。「円高で外資が逃げる」というのは当然です。自国の通貨が円に対して値を下げるのですから。

円安で日本を売り出すということは、言い換えれば、「外国人に買われやすい日本」、「お買い得な日本」、「売りやすい日本」に日本の価値を下げていたという事だと私は思います。

敗戦の焼け野原から所得倍増で世界第二位(一時は第一位)の経済大国に上り詰めた要因に円安は大きな役割を果たした事は事実でしょう。しかし、野口悠紀雄教授の指摘どおり、日本人一人当たりの暮らしはそれほど豊かにならなかった。(豊かになったと思っている方がいたらもっと豊かになれたんですよ!)

これまた時間がないので調べ切れなかったのですが、つい最近、「日本人は世界で一番残業をする国民である」という新聞記事を読みました。過労死や自殺も特に日本に顕著なものです。何で日本人はこんなに働かなくてはいけないのでしょうか・・・

それは、一つは円安と関係があると思います。実体経済を反映した円高になれば、日本人は外国製品を安く買う事ができます。同じ月給25万円でも、円高になって輸入品が安く仕入れられれば、日々の食材も、10万円以上もする外国産のブランドバックも安く買えます。生活がもっと豊かになれるのです。月給15万円でも今と同じ生活水準が保てるかもしれません。

ガソリンも安く仕入れることもできる。資材も安く仕入れられれば、ビルやマンションももっと安く建てられ、日本人はもっと家を安く手に入れることができる。

例えば、アニメなどの日本の輸出産業は、円高になればもっとお金が日本に入ってくる。同じ働きをしても、1.5倍収入が増えれば今の2/3働くだけで同じ収入になる。

そうすると、働き蜂のようにあくせく働かなくても良い!

実際の話はそんな単純なものでは無いですが、シンプルに考えればそんなもんでしょ。

円高は、円安で儲かる構造になっていた日本の輸出産業には痛手でしょうが、逆に円高で儲かる会社だってあるんです。この50年、米国経済に依存している輸出産業にとってかわる新産業が日本では育っていない事の方が問題です。

もし、日本の多くの国民にとって円高が喜ばしい事なら、それは企業が産業構造を変革し、体質を変えなければいけない時期に来ているのはないでしょうか。

①「外国人に買われやすい日本」、「お買い得な日本」、「売りやすい日本

②「外国を買いやすい日本」、「お買い得な外国」、「仕入れやすい外国」、「外国に行きやすい日本」

みなさん、どっちが良いですか?

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2008年11月 2日 (日)

弊事務所の従業員は6名です!

「小山会計さんの従業員は何人ですか?」

聞かれると、私は答えます。「6名です」

「6名雇っているんですか?」

*********************

この人数には、所長である私も含まれています。

その心は、

「私も『小山会計事務所に養われている一人だから』です。そして、経営分析上では、私も『一人当たり売上高』を構成する一人だからです。」

決して「一人でも多く数えて見栄を張りたい」訳ではありません。

王様である所長VSその僕である従業員

という構図は嫌なのです。だから、一般の意味では「5名雇っている」という意味で「従業員は5名」と答えるのでしょうが、私は生理的に、「5名雇っている」と答える気には成らないのです。

だから私も小山会計事務所の従事員なのです。それが私のポリシーです。

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