粗にして野だが卑ではない
昨日は後藤新平の生き方をご紹介し、ノーブレス・オブリージュ(高貴な義務)の精神について触れたが、この「ノーブレス・オブリージュ」をテーマに作品を書き続けたのが、城山三郎である。城山氏の代表作「粗にして野だが卑ではないー石田礼助の生涯」にもその精神がちりばめられている。ぜひご一読お奨めです。というより、もうこのタイトルを日々言い聞かせるためだけに本棚に並べてもいいのでは。
「粗にして野だが卑ではない」
素敵な言葉ですよね。漢(と書いてオトコ)たる者こうでありたいものです。これは、石田が国鉄総裁になり、はじめて国会へ呼ばれたとき、居並ぶ代議士を前に自己紹介した言葉である。
表紙は、蝶ネクタイをして、自宅のある神奈川県国府津駅にすくっと立つ石田礼助国鉄総裁である。鋭い眼光、触れれば切れるような溢れるオーラが漂っている。まさに、サムライである。
「ワンダラー・マン」(公職として給与が出ても形式的に一ドル受け取るだけ)であろうとした石田礼助の生き様は本著に任せるとして、本著から私が気になったエピソードを一つ。
昨日は、後藤新平が「人物」に惜しみなく投資したという話を書きましたが、この石田礼助も中学進学にある人物の応援を受けている。
静岡県松崎町で生まれた石田は、父が貴族院議員であった江原素六と政治を通して親しかった関係もあり、中学は東京へ出て麻布中学へ進学する。
麻布中学は、江原素六が創立した学校であり、石田はその江原の家で一年半下宿する。石田は学校で江原の授業を聞き、その上、帰宅してからも江原の薫陶を受けた。
感性豊かな思春期の少年が、麻布中学校創立者の家で吸収するものは計り知れない財産であったろう。
死して人を残す―
私は、そういう話が大好きです。そうやって人は、夢を智恵を命を繋いできたんですよね。


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